空契 | ナノ
27.キミが歩む道 (2/4)

 
   



ふざけんなって、言っ、てんだろ……! 忌々しげに吐き出した声は、人間ではレオしか聞こえない低い低い轟くようなもので、少女とポケモンたちはそれにぎょっと眼を剥いた。
特にレオとナミ、サヨリだ。あんな彼は見たことはなく唖然とした。
知るか。彼はそのいつもは愛らしい目を、揺らして、あからさまな憎悪と猜疑(さいぎ)が混じった色で染めていた。

『なに、それ、な、にそれ……。
じゃあ、なに? 僕は、なに、な、に、どうすればよかったわけ……?』


「……俺は、
あのまま、ラルトスの攻撃を受けないために目隠しを兼ねて、10万ボルトを周りに撃てば射程範囲から逃げ切れると思った。
その後は、天使のキッスで混乱させてアイアンテールで決めれば、勝てるかなって」

壊れたように笑みをつくって、地面に手をつくユウのダメージは、かなりあるだろう。瞑想で特殊攻撃が上がっているのだ。
──────こうならないように、慎重に、事を進めるつもりだった。

「反撃は、完璧な隙が必要だった」

でないと、避けられてしまう。

「明確な隙を見付けるのは、きっと難しい。
だから、作るために、長期戦に持ち込ませるべきだったんだ」

電磁波を使い、麻痺状態にして、
天使のキッスを使い、混乱状態にして、
じわじわと戦うつもりだった。

なのに、

『っそれは弱い奴が!
戦う方法だろ!!』

「……」

『僕はっ、絶対!
絶対、ぜっったい、に、!!
あのポケモンよりは、強い、はず、だ!』



負ける筈はないんだ。


『ひと、りでも勝てる、はず、なんだよぉ……ッ!!!』




『ピチューでも、
進化なんて、
しなくても、僕はっ、ぼく、は!』





勝てる、はずなんだと、空に叫んで、
ユウは走り出した。電光石火のスピード。
─────だが、ただの電光石火ではないのは、確かだった。

その小さな身に、電気が纏わりついているのだ。バチバチと弾けるそれは、ついに閃光のような眩しい光を瞬かせる。

ナミは目を丸くした。あの技は、ナミは見たことがなかったのだ。
それに対して、レオとサヨリは──────その閃光のみ、見た覚えが、ある。
あの、谷間の発電所で、一瞬見えたそれ────、
その時、さんにんの知識に、該当する技を見つけて呟く。
ああ、あの技は、


────ボルテッカ


気付いた時には、瞬間的に、ラルトスの眼前に迫っていた、ピチュー。
微動だにしない、ラルトス。
申し分ない凄まじいスピードの、ピチュー。
素早さの遅い、ラルトス。
電気を弱らせず勢いを殺さず突っ込む、ピチュー。
ぼんやりと閃光に照らされる、ラルトス。
距離を詰める、ピチュー。
距離を詰められる、ラルトス。
呼吸を止める、ピチュー。
呼吸を止めない、ラルトス。
距離を零にする、ピチュー。
距離が零になる、ラルトス。
笑う、ピチュー。
笑わない、ラルトス。


「でもさ、ユウくん」


微笑む、レオ。


「無理だよ」


そして、消える──────ラルトスの、姿。
残像のみを、ピチューは貫く。

背後に、一瞬で現れた、ラルトスの姿。

息、が、できず、瞳が揺れる、声もできない、ユウに、


「あの子には、
──────ユミさんと、ラルトスには、」


テレポートで、背後に回ったラルトスが、
渾身の念力でユウを捉え、


「勝てないよ」


壁に叩き付けた、その瞬間に、
────────────ユウは惨めに、深淵に意識を沈めていった。

その最中、
キミは弱いから。そう非情な声が、聞こえた。






ユウの、敗けが決定した瞬間だった。








その後のバトルは、実にあっけなかった。
ナミがバトルに出たからである。

元々麻痺状態だったラルトスは、冷凍ビーム、からの、単純な拳ひとつ。殴りで、ラルトスは地に伏した。───あのナミのパンチなのだから、仕方ないだろう。

次にユミが出したのは、コイルだった。
電気鋼なコイルが相手だと、流石のナミも手こずると思いきや、彼はコイルの初撃である、超音波を鳴き声で振り払い(かなりの迫力)、更にスパークを食らいつつも乱れ付きを持ち前の根性で決めると、バブル光線を零距離から決めた。そして、とどめはやはり拳。ベコンッと地面にめり込む程に殴り込まれたコイルも、あっさり目を回していた。

こうして、レオ側の勝利となったのだ。

ちゃっかりレオはファイトマネーと出演料を貰うと、もう用はないと少女はこの場を後にした。
──────後に、少女はこの逆転劇が噂になるのだが、それはまた別の話である。

絶賛の言葉と金をがっしりとゲットしたレオは、あのような事があった後には見えないようにはを、ご機嫌を伺わせる笑顔でロビーに戻ると戦闘不能なユウをジョーイさんに預けた。そして、そこそこ広めな部屋を借りて、今日一日はのんびりしようとの考えに至った。

「本当は今日行けたらいーんだけど……、
万全な状態の方がいーよなぁ」
「ジム、か?」
「そっ!」

リビングに入ると、黒コートとノースリーブの服を脱ぐとソファーに勢いよく、ダイブするように座った。低反発で座り心地がとてもよい。
肩出しの長袖服姿になったレオは、ぐーっと腕と足を伸ばしながら、ぽいっと服を床に脱ぎ捨てた。黒コートはゲンから貰ったものなので雑には扱えず、下手ながらも畳んで机に置いておく。それらをナミが注意しながら拾うとハンガーにかけていく。それらが日課と貸している状態を、アイクは「だらしねぇ奴……」と呆れた眼で見て、初めて見るそれにサヨリは「……父娘……」と呟いていた。その呟きを否定したり肯定したりする役目を担っていた彼は、居ない。
それを何とも思わないように、レオは笑顔をずっと浮かべている。

「ナミはやっぱりジム戦したいだろ?」
「……ああ、レオさえ良ければ、したい」

「……ナミさん、ジムバトルしたいんだ……」

穏和そうなのに。意外だと呟いたサヨリに、ナミは「まぁな」と控えめに微笑んだ。その大人っぽい笑顔の裏で、彼はこう言えば、レオは止まってくれるはず、と考えていた。
強くなりたい、という思いはやはりある。消せそうにもない目標の為、ナミはジム戦を望んでいるのだが、他にも理由はある。ここで自分が懇願すれば、レオは旅を一時的にでも、中断して立ち止まってくれるのだ。
彼女は優しいから、ハクタイの森を抜けた直後にバトルをしよう、なんて無茶はしようとはしないから、少なくとも一日は休みを確保出来る。そういう算段だ。
─────これを考えたのは、クロガネシティのプテラ騒動後である。ナミとアイクが共に考えたそれは、無鉄砲とも言えるレオの猛進をどうにかしようとした結果である。
レオは、どうにかして、なるべくはやく元の世界に戻ろうとしている。その道がどんなに険しくても立ち止まる気はなかった。急いでいる事は容易に把握できた。だが、理由など知らないから、少しくらい休んでもいいじゃないかと思うも、彼女はそう簡単に受け入れようとはしない。だから、理由をつけて引き留めたのだ。

「(……その理由に…、
私の願望に……レオは受け入れてくれる)」

「(…あの、中々自分の意志を曲げないレオがな)」

折れた。
時折脆くなる彼女の意志。それはとても不思議だが、自分勝手な考えを押し付けても受け入れられた試しが、アイク、ナミ、サヨリにもある。
───いや、違うな。受け入れられた訳ではないか。否定もしていない。
ただ“黙認”しているのだ。
知らないふりをしているように、振舞い、気にしないようにしている。
今も、そう。ナミの我が儘とも取れなくもない、ジム戦。それは確かにレオの足枷になっている筈なのに“黙認”している。
勿論、レオなりの理由があるわけだが──────アイクたちには検討がつかなかった。
リビングの扉の近くで腕を組んで立つアイク、レオが座るソファーの近く床で方膝を立てて座るナミ、テーブルの前で大の字になって仰向けに寝転がるサヨリ。彼、それぞれの思考を、レオもまた理解する事はなく彼女は、今日も無茶した自身の足のマッサージをしながら口を開いた。

「じゃ、明日の早朝にジムに行くかねー」
「……行けるの……」

疑問符が消えていたが、サヨリのその小さな呟きはレオの言葉を疑問視していた。
その眠そうな眼は、ゆっくりとアイクの方へ向かって止まる。じと眼。レオとナミは今日の朝の事を思い出して、少なからず遠い眼をした。

「……んだよ」

「…………ざます……」
「ブフォッ」

「きったね。
なに吹いてんだよ変人くたばれ」

「いや……うん、ね。ナミさん……」
「…私に振らないでくれないかレオ……」
「……衝撃的…ざます……」
「おめー無表情だけどな。
そしてざますどうしたざます」
「レオ、移っているぞ」

「………てめぇら朝からおかしいんじゃねぇの、頭。
特にそこの変人とざます野郎」


「ざます……っっ……ざますはねぇよサヨちゃん……っ!
あれなに!? あのざます口調なに!?」
「……びっくりした…から……」
「びっくりした結局があの口調なのかよ」
「伝わりにくいな、驚きが」
「んだから何がだ」
   
お前の驚きがだよ。
そのレオの台詞にナミとサヨリが同意と頷くも、アイクには意味が分からない。その様子に、レオが「ほらな」とサヨリを見る。彼は朝の事など覚えていないのだ。寝ぼけて、レオを押し倒したまでした事を。(番外編「夢と現実の温もり」参照)
あんなに話していたのにと眼をしばたたせるサヨリに、ついにアイクがキレて眼を剥きながらエナボーを放った。説明しやがれ、との声を愛想笑いに似た表情で受け流しながらソファーの上でバク転を決めたり、エビ反りしたりとしながら彼の攻撃を避けていた。
が、バランスを崩してぼふんっと倒れる。攻撃には当たらなかった上に、床ではなくソファーに倒れたので自分はツイているなと上機嫌に笑うレオ。───しばらく肩で息をして感情を落ち着かせていたアイクが、舌打ちを溢す。こいつらは何も話さないと悟ったのだが、苛立つ。
それでもこのままこんな不毛なやり取りを続けていても、どうせ“いつも”のようにナミの冷凍ビームが飛んでくるのだ。そう、それがいつもの事。
──────足りないものが、ある。そう感じる自分がいて、アイクは眉間にシワを寄せた。あの、いつも煩くて、ちょっかいをかけてくる、あいつ。

「……てめぇは、あれでいいのか」

「…なにがー?」

突然の切り返しに、レオは怪訝げに顔をアイクに向けた。一瞬、考えても何の事か分からなかった。そんな様子は想像通りだからすぐに返す。「あの電気鼠だ」と。
その単語が差すものは、流石にレオでも理解できて、でも笑みは崩れなかった。

「いいのか、って……、
さっきのバトルのことかい?」

「……あいつはただのザコだ。
それも、中途半端な」
      

それは分かっている。だから、あのバトルの事をとやかく言うわけではない。
ユウの弱さのせいで、あのバトルは負けたのだ。そう言ったアイクに、レオは静かに呟いた。そうかもな。と。その時、彼女の眼を見たのはアイクのみだから、他の者は気付かなかっただろう。今、レオの右眼が──────、




  
    

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