25.永劫の闇で、 −後編− (1/7)
2時まで探したら元の部屋に集合。そう、みんなに伝えると俺らは夜中の12時頃に、探索を開始した。
俺とユウ班はコイントスで決めた西側を調べ、ナミとサヨリ班は東側へ。あのふたりは大丈夫かねー?
…いや、向こうを心配してる暇なんてないかも。
『ひぎゃぁーーー!!
なんか! なんか窓際で動いたぁあ!!』「ホコリが灯りで反射しただけだなぁ」
『ぁああぁあ人面がぁああ』「壁に染みが3つついてるだけだなぁ」
『ひぃいい首に冷たい手がぁあああああ』「ごめん、これ俺の手」
『なんかギシギシ音聞こえるぅううううう』「俺の足音だよバカ」
『馬鹿って言う方が馬鹿だもぉおおおん馬鹿ぁああああああぁあ』「あーうるせー」
あっちはしっかり者のナミがいるし、薄々分かってきたがサヨリも中々切れ者だ。おそらく、あちらは冷静に捜索しているのだろう。
問題はこっち…というより、ユウだ。
……………こいつ、どんだけビビりなんですか…。
最初こそは弄るのが楽しかったのだが、絶叫、絶叫、阿鼻叫喚。
汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、くわっと引き吊ったその顔は、ピチューという可愛らしい姿ももう見る影もない。オメーが一番ホラーだよ。
『もう帰ろうよ戻ろうよと僕は叫ぶよ!』「勝手に叫んでなさい」
『かーえーりーまーしょぉおおおぉぉお』「うん、やっぱお口ミ〇フィーしてようか」
ユウを抱っこしたまま、真っ暗だった廊下を歩き続けて、早5分。
ラップ現象や、ちょこざいな脅かしにいちいちビビってくれるユウは、飽きずに俺の腕の中でびくびくと震えまくっている。さっきも言ったけど、まるで産まれたての小鹿だ。子ネズミもこんな感じかな。知らん。
これまでにないくらい怯えながらも放ってもらっているフラッシュのおかげで、荒れている足元が照らされている。淡い光でも俺は十分に気をつけれて、障害物にぶつからないように長い廊下を突き進む。
ユウは逆に、やんわりとした自身の光が嫌みたいだ。中途半端に明るいだけで、5m先は相変わらず闇がおおっているし、完全ではない。それが、曰くなにかが出そうで怖いらしい。
…あれかな。若干開いた襖とか、隙間が怖いっていう心理と同じなのかな。
『なぁああんで、レオはケロッとしてんのさぁあぁぁあ』ついついまたリアルな思考にズレてしまっていたら、うろん気な目がこちらを見上げていた。言われて初めて気づいたが、今、俺は“いつも通り”に笑っていたらしい。
『寧ろ楽しそう』だなんて言われて、困る。
どんだけ、にこやかだったんだ、俺は。お化け屋敷気分に見えたのか? そんなつもりはないんだけど。
『怖くないのぉ?』「えー?
あぁ、まぁそんなに」
俺は俗に言う“零感”というヤツ……だと思う。零をれいと読んで、れいかん、ね。つまり、霊感がゼロってコト。
サヨリには「なんかありそう」とは言われたが……。だって、今まで霊とか見たことないし、ていうか見たくもないし。
「ゆーれいを信じてないワケじゃなくてさ、」
そりゃ、未知のものは怖いよな。だけど、怖い、って、どんな感覚だか“忘れかけている”のだ。実感が未だ沸かないし。それこそお化け屋敷を進んでるみたい。
そして。足音を止めて、雨音がよく聞こえるようになった静かな廊下。それが途切れた。大きな扉がそこにあった。
木造のその扉には、百合の花と、何か大きな竜のような絵が彫られており、周りの扉とは少し違う雰囲気があった。
そのドアノブに触れて、俺は躊躇なくそれを開け放つ。
─────みんな忘れてるかもしれないけどさ、俺は12歳のお年頃。
視線の先に広がる闇たちに、ぞくりとくるものはあるけれど、
「忘れかけた恐怖より、
好奇心の方が強いんだよな」
『…なんでこんな時だけ子供なのさぁ…』眼、凄く輝いてるよ…。そう指摘されてから、自分はお化け屋敷感覚で楽しんでいるのかもと俺は笑い、その部屋に足を踏み入れた。
ひゅうひゅうと、部屋の中からか流れてきた風が俺らを包み込んだ瞬間、ユウが一番早く反応した。
その一瞬後に、俺にも明確な違和感が襲う。ぞわりと爪先から頭へと悪寒が駆け抜けた。自分を襲う匂いと音。
いつもは抱き心地のよい、ふわふわとした毛並みがサンダースのように逆立ち、震えすらも止まる程身を固くしたユウに、俺と同じものを感じているのだと思った。だが、震えた声で発しられた言葉に、眼を丸くする。
『っ……!?
な、なにこれ…生臭…っ』「え?」
生臭、とユウは言った。……俺の、鼻を擽るそれはそんな匂いなんてしない。意味が分からず、生臭いってなにが?と聞くと、はぁ?と声が上がった。はぁ?
『え? …え?
なんで? 凄い臭いじゃん! 魚とか肉が腐ったみたいな…変な臭いじゃん!
…ぅぇっぷ、吐きそ…っ』「え?
…いや、おい。俺の腕の中で吐くなよ?」
残念ながら……その意見を共用することはできない。
確かに、嫌な感覚はあるんだけど───それよりも───ザッ、ザッと、頭の中に反響する音に、少し眉を寄せる…俺には、
「埃っぽい部屋の臭いと、
ノイズの音しか、聞こえないんだけど…」
『…はい?』僅かに震わせた手を、額に当てながら苦笑して俺は一歩中に踏み入れた。鼻を摘まんで苦い顔のユウが意味不明といったようにこちらを見上げる。俺も引き吊った笑顔で見下ろす。
顔を見合わせて固まる自分たち。さて、俺らのどちらがおかしいのだろうか。
『…え、えぇ?
ちょ、やめてよねーここまできてそんな笑えない冗談ー』「いやいやいやぁ、
俺の台詞だぜそれはー」
生臭い? そんなの本当にホラーのテンプレじゃないか。笑えないといいつつも、乾いた笑みを浮かべる。
「も〜、ゆーくんお茶目!
そりゃぁベタベタすぎるぜ!」
『レオもなにぃ?
ノイズとか…耳鼻科いってきなよぅ』………。
…………………………。
「いや…本当になんで? 冗談抜きで。
こんなノイズに気付かないわけねーよなぁゆーくんやい」
『だから何さノイズって…。
レオこそ凄くない?
こんなに臭くて鼻曲がりそうなのに、けろっとしてるとか…』「…………………」
『…………………』「
『…………え、マジで?
』」
…………冗談であってほしかった。
が、真っ青な泣きそうな顔なユウくんが嘘をついてる…だなんて、どうしても、思えない。うん。あれも演技だったら彼を最優秀俳優賞だかなんだかにノミネートしようか。
ならば、夢? 未だに、僅かながらに鳴っているノイズの音を聞きながら、頬っぺたをつねる。普通に痛い………なるほど、これは現実か。
「………とりあえず、進むか」
『えぇぇマジでぇ!?』足を一歩踏み出してぐっと拳を握る。俺なら…やれる…! キランッと不敵な笑顔を光らせて、断言してみればユウの
『この空気で!?』というごもっともかもしれない叫び声。
でもさ、今更引き返すとか嫌だし、進むしかない気がする。と、言えば、男前…とユウがげんなりと呟いた。いやいや、それほどでも…どやぁ。
『うざっ! どや顔うざっ!』「突っ込むよゆーあんなら大丈夫だよなー。
さぁ行こうか」
『ちょ、清々しい顔でずんずん進まないで!
それ、お化け屋敷で脅かし係りが一番がっかりするパターン!』制止の声など聞かず、ずかずかと足を進めると古っぽい臭いが、やはり鼻に入り込む。そんな臭いを発しているのは、長い年月触れられる事がなかったであろう…両脇の壁にびっしり並んだ本棚か。……この部屋が、一番荒れてなくて、一番“変な感じ”がするかも。
なんだか、誰かに見られているようだ。
フラッシュに照らされた本棚にできた影。俺が歩く背にできる影。物と物との隙間の影…。
影という闇から、誰かが俺らを見ている。そう思ってしまい、視線が自然と動き回る。
腹の底でとぐろを巻く、違和感と感情。久々に感じたこれは、恐怖か? 多分、本能的に抱いた危機感。それを自覚しながらも足は止めない。
かさり。ぴしり。みしり。不気味に音がする度に、鼻をつまんだままユウが身を小さくした。更に小さな彼を抱き直しながら、本棚と本棚の間を真っ直ぐ進む。
本棚に並ぶのはなにかの資料。小説とか、そういうのじゃなくて、だから多分…この部屋は、
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