空契 | ナノ
25.永劫の闇で、 −後編− (2/7)

 

 

「…資料室か?」
『に、してはやけに気味が悪いけどね…』

賛同するように頷きながら視線を巡らす。その理由は本棚に並んでいる本は「呪い」だとか「悪夢」「呪詛」「怨念」とかいうなにやらで、壁には難しい漢字やら凡字やらが敷き詰められた…お札?やらで、この部屋がオカルトちっくだからだ。ユウの言葉を借りるなら、気味が悪い。
なに、この洋館?
“洋”館なのに和っぽい…。っていうか、なにこのイベント?

「(…森の洋館って、実はこんなとこ…なのか?)」

すごく…すごく、予想外。斜め右どころか、遥か彼方にぶっ飛んでいったのだが。まさかの陰陽師みたいな………。

「なにか祀ってんのかなぁ」
『…死体かなんかだったらどぉしよぅ…!』
「そんときは警察呼んで処理してもらおーか」

『え…警察呼んで大丈夫なの?』
「……あー」

やっぱ無理。大誤算とかトレーナーズカードの件とかで、なんか警察と顔合わせしづらい。眼を泳がせながら素直に言うと、彼は少し首を傾げた。まだ鼻はつまんだまま。

『…やっぱり、レオってわかんないなぁ…』
「うん? そうかい?」
『うん。凄く。
例えば…、』

「…?」

変とは心外な。普通、というつもりはないが、と曖昧な反論をするつもりだった。しかし、ユウが、ひゅっと息を飲んだ。その音に気付いて、足を止めると床板の軋む音がやけに大きく響いた。ぎし、ぎしり。
腕の中を見下ろして、俺は首を傾げる。
ユウが、身動きひとつしないのだ。まるで、メデューサと目があってしまったかのよう。顔は紙のように白く、蒼白で、嫌な予感がこちらまで伝わってきた。
ユウが、見詰めている先、それに同じように視線を合わす。なにがあんだよー、なんて浮かんだ笑みが少し強ばっていたなんて、気づいていた。汗がゆらりと頬を伝い、それに意識を取られながら上げた視界に写るのは────、

「…箱?」

壁際に置かれた長テーブルの真ん中に、それは置かれていた。俺の肩幅の半くらいの大きさでガラス張り。そんな箱に被さる埃。中に、何か丸っぽいものが入っているらしく、汚れたガラスにうっすらとシルエットが浮かんでいた。………あれを、ユウは凝視していた。
頭に響くノイズが少しだけ大きくなったことに、不審に思いながらもやはり好奇心が勝つ。怯えて言葉を失った口をぱくぱく開きながら、こちらを見上げてくるユウを撫でて、とりあえず近くの本棚に乗せた。
ふらりとよろめきながら、本に寄りかかるユウは、これ以上は駄目かもしれないと判断。ちょっと待っててな。そう微笑みかけて、俺は一人で、その箱に近寄ってみた。

「………」

俺には、ただの箱……もとい、ガラスケースにしか見えない。首を傾げながら、そのガラスを手で撫でるように埃を払う。後ろでユウがびくりと震えたが、俺には全く害がないので、遠慮なく中を覗きこんでみた。
覗きこんで、瞬き。そこには、高級そうなクッションの上に、石がぽつんと置いてあっただけである。

「…ユウくーん? 石だぞー?」

拳サイズの、ただの石。
ダイゴさんが喜びそうな…紫っぽい色をした、不思議なだけの石だ。

『…それ…なんか、いやだ…』
「えぇ…?」

この石が? ユウを震えがらす原因?
俺はノイズという空耳以外、なにも感じない。強いて言うなら、嫌な予感はある気がする。その理由はなんだ、と解明を目指して辺りを見渡した。この部屋は一体なんだろうと思いながら、ユウに「なにがどう嫌か」と尋ねると『なんか、なんか凄く気持ち悪い』という漠然とした感想をいただいた。終いには『紫のモヤがもやもやーって』『腐敗臭がする』『なんか人の顔があった』なんて意味不明だよユウくんやい。
なにかを必死に伝えようと、言葉を探しているらしい。パタパタと世話しなく振り回していた手、が、

「あ」
『え?
───ふぎゃっ』


────黄色い小さな手が、ごつんと隣に立て掛けられていた本を殴った。元々不安定な形で置かれていたそれは、俺が声を漏らした瞬間には傾いてしまっていた。

『わ、わぁあ!?』

ガタンと本棚から落ちかけたそれを咄嗟にユウが掴む。だが、いかんせんこの本はやけに分厚かった。
それなりに重いのだろう。掴んだまでは良かったものの引き上げられず、逆に本と一緒にユウまでずり落ちた。瞬間、俺が抱き止めたから部屋に鈍い音が響くことも、床に傷をつくることもなく、俺とユウは揃って息をつく。
物を傷付けるとか、それは死亡フラグじゃないか。多分。ホラーゲームの鉄則だ。

「あっぶねー…」
『うぅ…ごめん……っていうか、なにこの本…』

超重いんですけど。と愚痴りながらユウが本を覗く。なんの本だか興味があるようで、それは俺も同じだった。

『…えー…、
これって…日記?』

「へ…日記?」

不思議そうに言ったユウの言葉に、本を抱え直して同じように覗いた。
表紙には百合の花が掠れていながらも書かれているだけだが、背表紙に“日常記録”とお固そうな、古風な字で記されていた。肩に移動したユウが言った通り、確かにこれは日記だ。

「…日記がなんでこんな部屋に?」

普通、日記を置いておく場所といったら自室じゃないのか?

『……まさかこの部屋が自室だったりして』
「どんだけ趣味悪いんだよ」

てゆーか、ベッドも椅子すらもないし、
それはないとは思うけど、

「まぁ、
この洋館の人間…なのかな?」


 


 *←   →#
2/7

back   top