空契 | ナノ
6.伸ばした手 (2/5)

 
「―――ってな訳で、
ありがとうございました」
「どんな訳だか、とても興味があるけど……うん、まぁ、どういたしまして」

鋼鉄島の船つき場。船がココに来るのを待つ俺は、ニコニコ笑いながら頭を下げた。
前に立つゲンは……いや、ゲンも、ニコニコ。つか、にっこにこ。んー、見事な0円スマイル。
でも、気になっている事が、ひとつ。
藍色の上着に帽子をしたゲンさんは、変な感情が篭った灰色の瞳を……こちらに向けていた。…表情はすっげぇ穏やかなんだけど……なんだろ、あの瞳は。
なんと言うか………悲しい? …いや……違うな。ゲンさんが抱いているのは、少し違う。俺にはあんまよくわかんない、感情だな。
俺はふと、ゲンの隣に立つ、擬人化をしたルカリオに視線を送った。目が合った彼は少し困ったように肩を竦めると、視線をゲンに向ける。俺に何かを伝えようとしていて………ルカリオの目を見て、すぐに理解した。
やっぱ、ルカリオから見てもゲンの様子が少しおかしいらしい。次に俺は、俺の隣にいて腕を組むアイクに視線を送る。…やっぱ、眉間に皺。皺、取れなくなりそー…。
そう関係のない事を考えながら、俺は溜息をついて……言った。

「ゲンさん。
心配なんて、しなくてもいいですからね?」

俺の諭すような声に、はっとゲンさんの笑顔が固まった気がした。

「…なんで、そう思うのかな?」

本人は平静を装ってるみたいだけど…。
ほら、その瞳が動揺してるよ。

「何となくだ」

俺はにこりと笑って続ける。

「俺はさ、ゲンさん。
ちょっと喧嘩とか得意だし、体力にはかなり自信ある」

男に殴り掛かられても避けれるし、逆に殴り返せる。
いざとなったら、男のお粗末な急所とか蹴り上げるし。踏むし。

「俺は、
生命力がヒンバス並にあるんで……大丈夫っす」

「心強い相棒も居ますしね」とアイク君に視線を送ると、あちらもこっちを見ていたらしい。珍しく目が合ったが、即目線を逸らされる。…このツンデレめ。とにかく…アイクは強いし。最低限、自分の身は自分で守るし。

「問題ないさ」

俺は頼りないかもしれないけど。ニコニコ笑ったまま言った。心配を解かす。
否、拒絶する響きを持った、言葉。
だから、俺なんてほって置いてくれ。

「大丈夫、ですから、」

「な?」と、笑みを深くして水色の眼を真っすぐ向けた。
遠くで、汽笛の音が聞こえた。ゲンが呼んでくれた、船が来たらしい。分かっていたし、その音が聞こえていた。けど、ゲンさんは時を止め、見開いた眼をこちらに向けている。んー・・・面倒。助けを求めるようにルカリオを見上げるが、うっわー逸らされたコノヤロー。
ったく、俺は、こんな空気になるのが嫌だったんだ。

「・・・、」

───その時、綺麗な唇が、震えたのを俺はしっかりと見た。なにかをまた言われたり、引き止められたりしたら本当に面倒だ。
俺は仕方ねぇなぁ、と肩を竦め、

「―――アイク!」
「は?
な、おい……っ」


アイクが何か言ってたけど気にしなーい。無理矢理その手を掴んで、ゲンを避けるように背を向けた。

「レオっ」

ゲンさんが、名前を呼んでいた。けど、知った事かと無関心で、俺はアイクを引きずりながら船に乗り込む。その船には誰1人と乗っている者はなく、船長が居ただけ。おーなんか貸し切り状態。
そして、直ぐアイクの手を離し、体をくるりと反転。
振り返ってみるとゲンとルカリオが茫然としていて、思わず笑みを零す。ははっ、なんで俺ごときにそんな顔してんだろ? 不思議だなぁ。

「世話に、なりました!」

「ありがとう」と、俺は素直に礼を言い、微笑んだ。珍しい事があるもんだ。笑みは、自然と零れた。何故か、その笑みを見てゲンさんが驚いている。
お辞儀をする俺は、これでもかなり、ゲンさんに感謝してるんだ。
だって、普通、見ず知らずの人間を家に上げ、世話をするだろうか?ゲンさんは優しい。
だから、ありがとう。

船は汽笛を鳴らした。出港だ。この声が聞こえなくなる距離になる前に、俺は手を大きく振って叫ぶ。
「さようなら!」と。
   

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