空契 | ナノ
5.鋼鉄島の昼下がり (3/8)

 

あれから……どれくらい寝ていたのだろう。ひとがこの部屋に入って来た気配で、再び目を覚ました。
体質なのか早起きしてしまう俺は、久々に長い時間熟睡できた。アイクは……相変わらず熟睡。俺の上で。彼の腕は俺の頭の横。幼い寝顔は左側。幼ねぇ……癒されるー…。
自分の眼帯は付けっぱだ。いや…うん。もしもの為にな。
幼く可愛い寝顔を眺めながら、欠伸をする。それからやっと思いだす。ひとが、ここに入って来たんだっけ。それを思い出しながら、その方向へ視線を飛ばした。

「………」
「……」

なんというか……うん。その方向を見て、少し固まった。擬人化をした美青年が、真っ赤な顔で、茫然と扉の前で硬直しているという、異様な光景を見てしまったから。
その目は俺等をがっつり見詰めた後、思いっきし空中泳いだ。
気まずそー……っつーか、なに誤解してんだ、あの美青年。……赤目で、蒼髪。つまり、ルカリオさんなわけだけど。どう考えても、キミが想像してるのと違うと思うんだ俺。


「………」
「………………」
「……」
「……………あ、主ぃいいいいぃい!
赤飯炊いくださぁあああぃいぃいいいいいい!!


えーと、ルカリオの主=ゲン。…いやいやゲンさんに言わなくていーだろーがコラ。
とりあえず無言で枕をルカリオの顔面に投げ付けた俺は悪くない。条件反射だ。
柔らかいはずの枕は案外痛かったらしい。もしかしたら、全身全霊の力を篭めて投げてしまったのかもしれない。ルカリオが「ぐはっ」と呻いて崩れ落ちる。ごめんよ。でも、叫ぶなよ。

「アイクが起きんだろーが」

いや、もう起きたかな…。そう思ってアイクを見上げるが、まだまだ熟睡。うーん………朝に弱いのか?
ゆっくりと、起こしてしまわないようにアイクを自分から離して、静かに寝かしてやる。俺はベッドから降り、大きく延びた。服は、黒の肩出しのヤツ。上着は無し。ズボンはゲンに、寝やすい柔らかい素材の短パンを借りて、それを履いていた。

「おーい、大丈夫かールカリオー?」
「…………はい」

…何故に正座?頬、微妙に赤いし。

「…いつものSなルカリオはいずこに…」
「…………」

…待ち受けていた反撃がこない。うそぉ。こりゃ重傷だな。

「あのー……」

ただ単に寝てただけなんですが………俺等。


ルカリオはまさかのウブでした。そんな真っ赤な顔のルカリオが、朝に俺らが使っている部屋にきたのは、朝食の準備ができた事を知らせる為だったらしい。
この世界に来て、2度目の朝。2度目のゲンさんが作る飯。である。
なんか……ここの飯、異様にうまいんだよな。そう、異様に。うますぎる。それこそ頬が堕ちてしまいそう。
昨日、ゲンさんにそう訴えてみると、「この島は生きてるんだ」という答えが返ってきた。うん、意味がワカラナイヨ…。というか、そんなの分かるんすね、と呟くと次の答えは「波動が伝わってくる」………えーと?
ルカリオ曰く、「この鋼鉄島から伝わる波動もとても強くて、修行にはもってこい」なんだとか。意味分からん。
そんな島が存在するのも、そこにゲンさんたちが普通に住んでいることも、凄く不思議だが、まぁ、とにかく、この島が育てている食材を料理に使っているから、うまいんだってさ。

わくわくしながら、俺はまだ眠そうなアイクを連れて、ゲンさんが待つリビングへと向かう。
机に用意されていたのは、
味噌汁、魚(…何の魚だろう)(まさか………ポケ…げふんげふん)、紅茶、
赤飯。
いやぁ、今日もうまそうだなぁってオイコラ。なんか紅茶おかしいぞという突っ込みより、もっと突っ込みたい事がある。

「……あの、
なんで赤飯?

机に置かれた赤飯を見ていたら頭痛を感じました。
俺の向かい側に座るゲンは朝早いというのに、爽やかな笑顔。そのまま彼は俺の質問に答えた。

「レオ君は赤飯が嫌いだったかい?」
「いや、和食は基本的に好きなんで………、
ってそうじゃなくて!

答えになってないじゃねぇか!!!
ぎんっと睨んだ先は原型に戻り、机の傍らで木の実を食べていたルカリオだ。それと同時に視線と顔は逸らされる。おいこら。
絶対ゲンさんにチクったなあいつ…!
なんだか勝手に気まずそうにしているルカリオの近くでは、アイクも同じく原型に戻って、木の実を食べている。時折、欠伸をしぼーとしている様子から……やっぱり眠いらしい。
最初、アイクは『人間の作った飯なんて食わねぇ』と意地を張り、ゲンさんが作った飯はおろか、ポケモンフーズでさえ嫌だったらしい。ので、先程摘んできた木の実をあげた。
アイクだけなのも何だかなと、ルカリオは思ったらしい。『なら、俺にも』と木の実が欲しいと言っていた。気遣ったのだろう。
そんなルカリオに好感を持てるも…、ルカリオさん、なに勘違いしてんのさ…。別に…アイクと寝てた事、ゲンさんに言う必要は皆無だぞ?
そう、ゲンさん。赤飯は別に…、

「いいじゃないか。
今日はめでたい日だよ」
「………………………、
……………え、なにが?

ガッツリ誤解してますよねあなた。
超笑顔で言われて、一瞬呆気に取られてしまった。
…え、なに? あの人本気? それか冗談? どっち!?「何でそうなんッスすか…」と、口に赤飯を入れながら呟くと、ゲンさんはにっこり。

「だって、今日行くんじゃないのかい?」

…え?
再び呆気にとられた俺に手を伸ばし、彼は……俺の口についていたらしいご飯粒を取ると、目を細めていた。そして、…へんな表情。へんな、瞳。悲しいのとは違う。怒っているワケでもない。俺には到底理解できそうもない、いや、忘れ去ってしまった感情が入り混じった、そんな表情をしていたのだ彼は。
そして言う。

「───旅、するんだろう?」 
  

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