空契 | ナノ
5.鋼鉄島の昼下がり (2/8)

 
「っ!?」


朝日の中で、俺は布団を蹴り飛ばす勢いでがばりと起き上がった。ぽたりと頬や背中を滑りシーツに落ちたのは、冷たい汗。
久々に全力疾走した後みたい。荒れた息が漏れる口を、震えた指先で押さえた。

「…っ……は…」

吐く息が、冷たい。指がすごく冷えている。なんで、こんなに、寒い?
どくんどくんと心臓が叫んでる。苦しい。苦しい。
なにこれ。すごく、すごく、すごく、息がしずらい。震える。なんで。
なに、この変な感覚。
…なんだろう。この、感覚。痛い?分からない。でも、違う、これ、なんだっけ、

「(……あ、れ?)」

というか、なんでこんなになってんだろ。
自分は寝ていたはずだ。寝ていた。で、今、飛び起きた。……それは、何故?

「……なんか……、」

首を傾げ、俺は首を傾げた。
なんか、なんか、嫌な夢を見た気がする。いや、この感覚は多分、そうだ。
───なにも、覚えていないのも、いつもと同じだ。

「……ん……何…だ…?」

頬に流れていた汗を拭って、ほうと息をついたときだ。隣で眠っていた少年がもぞりと身じろいだ。……擬人化をしたまま寝ていたアイクだ。
ついにお互いを相棒と認め合って和解! 仲良しってことで一緒に寝てたんです!……なんて、そんな奇跡がおこるなんてなく、なんで一緒に寝ているかと言うと、またしょーこりもなく俺が彼を引きずり込んだのである。布団に。うん、言わずもがなですよね。
最初はやっぱり抵抗されたし暴れて、いつのまにか枕投げなんてしてた俺ら。たまにエナジーボールなんて混じってるけど、突っ込んだらお終いだと思う。思ってた。しかし、ゲンさんが容赦なく突っ込んでくれた。ていうか、拳骨をルカリオからいただき、にっこり笑顔のゲンさんから説教をいただいた。怒られたよふたりそろって。
で、結局ゲンさんに「仲良く……ね?」と脅されて、俺とアイクはしぶしぶ一緒に寝ることになった。……そんなに嫌そうな顔しなくても……。
しかし、起こしてしまったようだ。潤んだ眼を眠そうに擦りながら、彼は怪訝気に俺を見上げる。

「いや…何でもない。
まだ早ぇし……寝てていいよ」

苦笑して、俺はアイクの柔らかい髪を撫でた。怒られるかなぁ。普通ならエナジーボールが飛んできそうな行為だが、それを避ける覚悟で。
────だが、やはりまだ意識がはっきりしていないのか、珍しい事に「ん…」と小さく返事を返してくれる。それだけで嬉しいのに、だ。
その、綺麗な碧眼をとろんと細めると、あろうことか、そのまま俺に抱き着いてきた。首に腕を回して、がっちりと。

「んぇ?」

……これには、びっくりだ。そりゃもう、眼から心臓飛びだすくらい。
抱き着かれ、俺はその勢いでベッドに倒れた。その上に重なるように倒れている、アイク。
うっわぁ何かエロいな! 乙女な反応ができない俺。こらそこ残念とか言わないの。
というか、こんな間近に美形の顔…!!
アイクの表情は相変わらず、ぼやーとしている。なんか、眼の焦点は合っていないし、眠そうだし……幼く見える。なにこいつ、低血圧?
まさか寝ぼけてる?

「…レオも…寝て…」

俺は思わず目を丸くした。今、初めて、アイクに名前を呼ばれたのだ。嬉しいと普通に思った。たとえ、これが寝ぼけていたりした結果でも。
静かに、胸に広がるのは温かい気持ち。それと同時に思うのだ。
似てるな、って。

「(……ん?)」

…え、なにと? 自分で思っておきながら、意味が分からなくて俺は思わず笑みを固める。へらりと浮かんだそれは、ずっと浮かんでいる。
それらに対して、俺はとくに違和感を覚えない。例え、なにも覚えていなくても、過去の記憶がスカスカでも、勝手に浮かんでくる笑顔が変でも。

「―――……そうだな」

気にせず俺はただ意識も思考も放棄する。もう少し、寝ようか。そっと微笑んだ。その笑みが、どんなに自然すぎて、不自然だとしても、彼は安心したのだろうか。
アイクは目を細め、そのまま閉じた。それから1秒、2秒と経たない内に…彼から聞こえる寝息。……早いな。もう、眠りについたらしい。相変わらず俺の上に乗って、抱き着いたまま。…可愛いなぁ。ちょっと重いけど、まぁいっか。
おかげで、俺の頭の中も落ち着けた。夢の事なんて、綺麗さっぱり忘れてしまう。欠伸をして、アイクの背に手を回した。できるだけ優しく抱きしめる。
とくん、とくんと伝わってくるアイクの、規則正しい鼓動。
優しい、中毒になりそうな、熱。
ああ………、

「あったかい…なぁ…」

しかも、なんかいい香りするし。……いや、変態とかじゃないから。変人ではあるかもしれないけど。だって……ホントにいい香りなんだよこれ。森林の香り、てゆーのかなぁ………。
…あー…うー…俺まで眠くなってきたぁ…。

  

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