夕暮れ追想曲 | ナノ
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ジュウヨン

   
   

夏祭りは、みんなで行こうね。
そう約束はしたけど、レイはそれを守れなかった。

守れた試しが、なかった。








「やだ!やだやだやだやだ!」
「レイ……」
「やだもん!」



レオとエン、ユカリ、そして───レイが出逢って、二回目の夏祭りの季節を迎えた。
今日も病室の外は蒸し暑く、それは夕方にも続いていた。
その暑さでも、笛や太鼓の音が町中に響き、神輿を練り歩かせる。

エンと、ユカリはそれぞれの大学に顔を出してきて、その帰りで神輿とすれ違っていた。
見れば、屋台も並んでいる。
そしてこの町に住んでいて、顔が広く、様々な人間と多くの友好関係を結んでいるエンは「後でうちにおいで」「サービスしてやるよ」「今年はそう簡単には商品持ってかせないからな!」と、屋台の人達に声をかけられたと言う。

「ありがとう」「また後で行きますよ」と持ち前の面の良さで手をふり、レオが先に待つ、レイが入院している病院へ向かい、病室を目指す間にも、話し相手になっていた老人や看護婦、医者などに声をかけられ、会釈をしていく。

そして、だ。病室から喚き声が聞こえた。

それは冒頭に戻る。



「…どうした」

大粒の涙を、瞳からぼろぼろと溢して、ひゃくりを上げているレイが、いつものベッドの上に居た。部屋には看護師や掛かり付けの医者が困った様子で立ち竦んでいて、レイを宥めているのは先に来ていたレオとユカリだ。

レイはしきりに「やだ、やだ、」と泣くのみで、腰に手を当ててエンは周りの反応を観察する。この様子は───、

「───レイの体調、ちょっと悪ィみたいで」

レイはレオに任せて、エンにユカリはそう説明した。


昨日まで、体調は優れていたレイだったが、今日、突然具合が悪くなったらしい。
見ればレイの顔色はいつに増して、白く青い。
どうやら、朝から一緒にいたレオが気付いて、医者に相談して、発覚したらしい。


「それで、
…夏祭りに行けないと、ごねてんのか」

医者達はエンに頭を下げてから、部屋を退出した。エンも軽く応じながら、ぽつりと答えを出す。



夏祭りを、
この場に残る四人で行こうと、約束していたのだ。



どうやらレイは、祭りというものに行ったことがないらしくて、それを聞いたレオが「なら、今度の一緒に行こ!」と言い、ユカリも「いいなそれ!」と喜んだ。エンも流れで参加することになった───というのは、レオ、ユカリ、レイだけのメンバーで行かすのは不安だったからである。
レイはとても喜んでいたし、みんな、この日を楽しみにしていた。
天気も、いい。晴れた。
花火は予定通り打ち上がるだろう。

だが、レイは、病室から、出ることが許されなかった。


「無理なら、仕方ねぇだろ」

とエンも宥めようと言うと、レイは真っ赤になった瞳で睨むように見上げた。

「エン!
エンなら、せんせいのこと、説得できるでしょ!
エンなら、出してくれるでしょ…!」

「…はぁ」

そう来たかとエンはため息をついた。
正直、エンが全力でやれば可能だ。勿論、しないが。

「あのな、医者が無理っつってんなら、無理だ。
外出したら、もっと体調が悪くなるんだから」
「でも! エンなら!」
「お前を顧みないような行動を、するかよ」

いい加減にしろ、と淡々としたエンの口調に、僅かに怒りが滲んだ。レイは敏感にそれを感じ取ると、びくりと肩を竦める。
エンは、心配ゆえに、怒っているんだと、気付かない訳にも行かず、しかし───それでも、という思いが消えず、唇を噛んだレイの瞳からは、また涙がぼたぼたと零れだした。
レオが慌てて、小さな手で、小さな頭を撫でた。


見かねたユカリは「俺はレイと一緒にいるから、レオとエンは行ってきていいぞー」と声をかける。レオは「え、」と顔を上げ、レイはそれすらも「やだ! やだぁ!」と喚く。
レオはおろおろと慌てた。レオも、夏祭りを楽しみにしていたのだが、レイとユカリを置いて、というのは抵抗があった。
そして、レイも、

「やだもん……おいていかないでよ…!
ずるい…っ」

ずるいよ!
───病室に、そう、か細い彼女の声が響いた頃には、レオまで泣き出していた。

わぁわぁとレオとレイが泣き出して、お互いにやだやだ言い出す。
エンとユカリは互いの顔を見合わせて、数秒止まる。ユカリも若干涙目で、どうしよう、と訴える。

「………」

エンは、腰に手を当てて暫く沈黙すると、窓を眺めた。
桜の木が生えているのと、決して大きくはない町を、見渡せた。
そして、エンは脳内の地図を漁り、毎年上がる、花火の方向を確認すると、口を開いた。


「此処で、四人一緒に、な」



その一言からの行動は、ユカリが早かった。

「ちょっと待ってろ!
ここを祭りにしてやんよ!」
「おい、てめぇだけ行ってもなんも捕れねぇよ」

ユカリの行動を察したエンが、ばっと部屋を出た彼を追ってのんびり出ていった。
その際、一瞬、眼が合ったレオはこくんも頷く。

「……ねっ、レイ。
泣かないで」

自分も泣いている筈なのに、そう宥めて、レイを抱き締めた。



病院を出たらしいユカリとエンは、三十分程で帰ってきた。───両手に大量のぬいくるみや、ゲーム機を抱えて。

エンが、屋台でゲットしてきたものばかりだ。
その屋台というのは、射的から、阿弥陀、輪投げなどの定番ゲームなのだが…「射的は分かる。分かるけど、なんで、あみだで景品ざっくざっくとれるの…?」というレオの疑問には「勘」と答える。

射的は分かる。と言ったものの、エンの射的の腕前は鬼のようだ。
片手で銃を持つと、ぱっと撃つ。それが見事に、その景品の、一番倒れやすいところに命中し、掻っ払っていった。
毎年恒例と化している、屋台泣かせだ。

エンは、ほい、と大きな熊のぬいぐるみと、ポケモンのピカチュウのお面をレオとレイに渡す。
それら全て、念のために医者に相談して、除菌してから持ち寄った。ユカリが持ってきた他の景品も全て、その処置が施されていて、部屋の片隅にとりあえず置いておく。

レイは喜び、ぱちぱちと拍手をして、満面の笑みで、礼を言った。

「ありがとう…!」



レオとエン、ユカリ、レイが出逢って、
二回目の夏祭りの季節。

これもまた景品で捕ってきた、駒を、レオとユカリが競うように回したり、
水風船をレオが作ったり、
ボードゲームで遊んだり、


大きな破裂音が、外から響いた。


四人、揃って窓の外を見る。
───ぱぁん、と、遠くの夜空に、色とりどりの花が咲いて、そして散った。

慌てて、ユカリが部屋の電気を消して、

ぱぁん、と弾ける音はレイの肩を震わすも、
眼を逸らさず、食い入るように、夜空を彩る花を見詰めた。



命を燃やすような、一瞬の美。
きらびやかに散っていく花。

その光に照らされ、明るいレイの横顔を見ていたレオは、それからエンと眼があった。
レオは、ちょっと気恥ずかしげに、眉を寄せるも、唇だけを震わした言葉を伝える。


「あ、り、が、と、」


それだけ伝えると、レイと同じ様に花火に顔を向ける。

「………」

レオと、レイの、鮮やかな朱などに照らされる横顔。眺めていると、ユカリが身を乗り出して、肩に腕を回してきた。
鬱陶しいと払うよりも早く、ユカリも口パクで、

「よかったな」
「…」

ぱぁん、と、弾ける火薬の音。
レイとレオから漏れる、感嘆の声。

そうだな。
と、エンの呟きは、紛れて消えたが、穏やかな表情を見ていればユカリにだって伝わった。





君達と出会って、二度目の夏。
花火を病室から四人で見た、ジュウヨンの話。
   
   

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