番外編 | ナノ
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夢と現実の温もり (1/2)

   


   
夢にしては、
やけに苦しくて、
痛々しくて、
生々しくて、
悲しくて、

何故か、懐かしいと一瞬だけ思えた、
夢を、みた。
   



「、おい……、
おい、レオ」

「っ、!」

肩に置かれた温もりに、ハッと意識を持ち上げた。びくりと跳ねた身体は、今、全てのものに警戒心を覚えているみたいだ。
暖炉の炎の前でぼんやりと座っていた俺は、顔をあげた。その瞬間、歪む顔。──────一瞬だけ、知らない誰かが見えた気がした。
ただ、本当に一瞬で、気が付けばそこには擬人化しているアイクが立っていた。
いつもと何かが変わっただろうか? いや、なにも変わらない。眉間にシワを寄せて、鋭い、でも優しくて、綺麗な夜の色──────碧眼が、俺を見下ろしていた。
にへらと変に笑む俺は、絶対変で、肩に手を置いたアイクは隣に腰を下ろした。床は冷たく、適当な布を引いている。そうでもしていないと、尻から体が冷えていってしまうのだ。
それでも冷える体。この頬をアイクがつねり引っ張りあげた。

「んだよ、その辛気臭ぇ面は」
「いひゃっ、いひゃひゃひゃアイふんいひゃいあほ」

舌巻き気味のおかしな言葉を訳すと「いてっ、いてててアイ君いたいアホ」であるが、アイクはそもそも聞く気がないのか、意味を訳す前に俺の頬を勢い良く伸ばして、手を離した。離し方も乱暴で、きっと頬に爪痕が残っているだろう。痛い。
──────けれど俺はそんな、辛気臭い、なんて顔をしていただろうか。

「……眉にシワが寄ってた」
「……アイ君もデショ」

心当たりが無かった俺に、アイクがそうぶっきらぼうに言うのだけど、彼にだけは言われたくない。
胡座をかいて頬杖をつき、炎をただ見詰める。その彼の眉間に、くっきりと刻まれたそれ。それを見ながら言えば頭突きを突然食らった。星が目の前でチカチカ輝く。
雨は未だ、ハクタイの深い森に降り注いでいる。雷は止んでいるようで、さざめく雨を静かに聞きながらどこかを見詰めた。これといって興味のあるものはないものの、窓の外を見ていた。雨粒が窓を叩く。
ふたりの沈黙の空気に、その雨音と、後ろの方から聞こえる穏やかな寝息が混じっていた、そんな過ごしやすい空間。
そんな場所で、時刻はもう3時半過ぎなのに、眠れない俺。
アイクは、俺とは違って寝ていた筈だ。俺達が肝試しのような散策から帰ってきた時はまだ起きていたけれど、俺らの結果を聞かずにパタンと倒れるように眠ってしまったのだ。その時はなんて薄情なんだと言ったが、今思うと眠くても待っててくれたのかなと思う。
そして、もしかして、それでもまだ寝てなくて、俺がきちんと寝るのを待ってたのかな、とか妄想して笑う。

「……あ?」
「いや、なんでも……、
あー…その、起こしちまった?」
「別に」

ああ、可愛くない。今の受け答えで、俺に構わず寝ていたのか、俺が不安で起きていたのかは分からなかったが、俺は後者に掛けようかと思う。だって、傍に、隣にまだ……いてくれているから。

「……ナミさんたちはしっかり寝てるなぁ」

ナミとサヨリチームは、散策後、ここに帰ってきたとき、彼ら──────特に、ナミがなにやら「心霊現象と遭遇したぞ!」と興奮気味に語っていた。曰く、長い廊下の先で、赤く靡くものが闇の中で
見たと言う。だが、雷が近くに落ち、光で影が消え去った、その瞬間──────その“赤”は確認できなくなった、らしい。
その後、きちんとその辺りを確認したものの何もなかったようで、ナミの見間違えではないかと指摘したら、サヨリも見たと控えめに言った。気のせいではないと。
──────それに、俺も見たしなぁ。この森の洋館に入ったときに。
しかし、証拠不十分。ナミとサヨリはユウを怯えさせるだけ怯えさせると落ち着き、軽い飯を食べて眠ってしまった。───先程、(俺からしたらどうでもいいような)軽い言い合いをしたユウは、俺の方を一向に見ようとしないまま、ナミとサヨリと同じ毛布で寝ている。…自分勝手に傷付いたみたいな顔して、気まづそうな顔をして、怖がったような顔をして、なにがしたいのだろうか。俺にはよく分からない。
その、考えで俺は辛気臭い顔とやらをしていたのだろうか。

「……」

いいやと否定する。違う気がする。
俺は、今なにをおもっていた?
親友のこと?
それはいつも、頭を占めているもの───だったのに、
今日は、変わってしまった、俺の思考回路。
雨が、降っている。
どうでもいいことを、さも興味のあるように見詰めて、でもきっとこの左眼はその正反対でなんも、うつってない、の、かな。

「……おい」
「んー? んー……」

曖昧に笑って俺は眼を、細める。

思い返されるのは、あの色。


「───……夢を、見てただけだよ」


忘れたくない。
─────────思い出してはいけない。
忘れては駄目だ。
─────────思い出したら駄目だ。

本能と本能同士がそう訴えるような、不思議な夢を、見た。
知らず知らずの内に、微笑みが浮かぶ。思い返せば、悪夢と代わりないものだったのに。
あの、俺が倒れたという一瞬、見たそれは──────不思議と懐かしいと思ってしまう、ものだった。

眼を閉じてあの夢を浮かべる。想像する。───瞬間、フラッシュバックするのは紅紅紅──────紅の世界。

紅が振り撒かれる降り注ぐ雨のように。音はざざざと煩いノイズで隠される。その紅とノイズの隙間に紛れた、優しい、優しい──────優しい“そのひと”
消えそうな金色の髪がゆらりと揺れて、そして泣きそうな顔と、呟いた声は、やはりノイズと紅で埋め尽くされる。
その後、膨大に流れ込んできたのは感情の数々だった。
俺の知らない感情もいくつかあって、分からないそれ。形容しがたいものだった。
そしてやがて、ぷつんと音を立てて切れる映像。
──────あれは、一体何だろう。
俺の夢ではない。────誰かの、夢。そう思う。

「……アイク、」
「……んだよ、さっさと寝ろ馬鹿が」
「…うん、寝る。
寝る、からさ、」


───ちょっと、一緒にいてほしいなぁ……って───


声にするのは何だか抵抗があって、心でぼそりと呟く。これで彼に伝わっていたらいい、って…………なんて自分勝手。どこの子供だと、ばつが悪くなって笑う。その身体は、寒さを感じているせいか震えていた。
それに、彼は気付いてくれたのだろうか。
碧眼を、少し俺に向けた。

「……何を今更」

小さくなってきた炎に、視線を逸らすように見詰めながら、アイクは素っ気なく言った。
舌打ちが、僅かな沈黙に、響く。
──────顔をそちらに向ける。

「…てめぇが、俺に絡んでくる事はいつもの事だろ」

何で今更許可を求めるんだよ。─────勝手にしろと言っているかのような、その言葉。
拒絶をしなかったその碧眼は、こちらに交わる事はない。
ただ、こちらから見えた横顔は、炎のせいで僅かに赤みを帯びていた。
そうだな、と笑った。そういえば、そうだ。俺は、アイクに何度も抱き付いていた。──────拒絶も、されまくったんだけど。
笑顔は苦笑に代わり、俺は立ち上がるとアイクの両足の間に割り込むように座った。見上げるように顔を後ろに逸らすと、赤みを帯びた顔のアイクと、やっと視線が合う。……満足げに笑うと、彼は呆れたように息を吐いて、置いてある毛布を取ると自分の肩に羽織り──────更に、俺を包むように腕と共に伸ばしてくる。
毛布を押さえ付けるように手を置いて、俺も彼との隙間を無くすように身を寄せる。頭を、首筋に埋めて、絡めるようにアイクの顎が乗ってくる。
風など入れてやらないと、きゅうきゅうとお互いを寄せ合うと、寒さなんてどこかにいってしまった。

「あっ…たけー……」
「…………」

「なっ、
前もあったよなこんなコト」
「…ミオシティを出た時か」

「ん、あの時も寒かったなぁ」
「……あったけぇだろ」

「……そうだな。
今も、あの時も、」


こうやっていたから、あたたかかった。



「……さっさと寝ろ」
「……ん、明日もはやいしなぁ」

「…………」

「じゃ、おやすみ、
アイク」

「……ああ……。
……はやく、寝ろよレオ…」





眼を閉じても、脳裏に紅が映る。
それでも、俺を覆う温もりがそこにあったから、眼を逸らすことができたんだ。




    
     

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