番外編 | ナノ
夢と現実の温もり (2/2)

   
  



その後見た夢は、覚えていない。
翌朝6時頃、いつもより少し遅い時間に眼を覚ました時、びっしょりと身体中を汗で濡らしていて、息も荒かったから──────また、悪夢だろうか。
前のとは違ってなにも覚えていない、どうでもいいような夢だったらしい。
自然と荒くなっていた息を吐くと、自分の顔にかかる。白く霞んだ息。それを見ているだけで朝の冷え込みの厳しさを感じられたが、それまでで体に寒さは感じられなかった。どこも寒くないのだ。
───?
あれ? ……寧ろ、あったか……いや、なんか、息苦し……ぃ?
──────おや、デジャブ。きょろきょろと眼を丸くして見渡そうとしても、体はがんじがらめをされているかのように固定され、動きやしない。うわ、なにこれ、今回はやけにディープな……。
これを今回と呼ぶのは、当然前回というものがあったからだ。
────まず、ゲンさんのお宅。それから、ミオシティのポケモンセンター。218番道路、203番道路の野宿。……クロガネシティのそれも、そうだったのだろうか。なんか、久々な気がする。そう思うのは、いつも早朝に彼を入れてさっさと移動していたから、しばらくぶりだ。
──────そう、寝起き限定、素直アイク、である。

「……」

いや。眼を瞬かせる。以前の素直アイクはもっと、こう……心臓に悪いものだった。子供みたいななにかを欲するような碧眼で、優しい小さな声で一緒に居て、なんて普段のアイクでは絶対に言わないことを言う………そんなものだった。
いや、その長い足は俺の足を挟むように絡んでいて、両腕は背中に回されて、密着しているこの状況も十分心臓に悪いものだが。頭に寝息がかかってくる事から、彼はまだ寝ているというのに、俺をアイク自身へと押さえ付けてくる腕の力は半端ない。なにこれどこから出てんのこの力。
どうやら、あの夜、アイクはそのまま俺を抱いたまま横になったようだ。その時は、まだソフトな包み方だったんだろうなぁ……。それが翌朝ではこうである。何故?
密着しすぎてて頭さえ動かせないが…………まぁあの本物の素直アイクよりはまだマシか。

「…ん…レオ……」
「っ(はい来ましたー!!!!!)」

ですよねー!
頭の上から眠そうにぼやけたような声が聞こえた。しかし、待ち構えていた声とは、違うそれに心臓と肩が大きく跳ねる。
──────低い、声だった。
顔を上げようともがいていると、少し力が緩んだ。あっさりとアイクの顔を確認できたものの、俺は息を飲んで再び心臓を跳ねさせた。
彼もこちらを見詰めていた、細められたその眼。いつもはナイフのように鋭かったそれは、鈍く目尻が下がっている。綺麗で夜空みたいなその碧い眼には、薄い涙の膜が張っていて窓から射し込んでくる僅かな光で反射していた。
とろんと、夢を見ているかのようのその眼………そこまでは、以前と代わらない。少し眼が細くなったくらいだ。だが、

「(な、んじゃこれ……!)」

まるで、酒でも飲んだかのようなうっとりとした顔が、こちらを見下ろしていたのだ。
恍惚としたような、陶酔したような、そんな顔。眠そうな顔だとか、そんな子供っぽいものには見えないのだ。美しい唇が動き、息が漏れる。額が下りてきて、固まってしまった俺の額と合わされる。そうして、ほっと息を付くように、唇が弧を描く。

「っ……アイ、ク」

ぞくっとするくらいの、艶めかしい動作。中々眼にできない、その笑みも艶やかで、美しい。いつもは、実感できなかった歳差を見えた気がした。──────彼が、大人のように見える。

「はぁ……レオ……」
「ま、っ……アイク…たんま! マジで待って!」

喘ぐような息と懇願するような滑らかな低い声が耳を襲ってきて、俺の心臓はどくんどくんと悲鳴を上げ続けている。ガチゴチに凍りついた手で彼を押し返す。あまりにも近すぎる。────あつい息が、かかってこの藍い前髪が揺れるほど。
しかし、逃さないと片手と腰を掴まれてしまい、ひゅっと呼吸を止める。一度は逸らせたその碧眼と、再びぶつかってしまう視線。右眼は、その碧とぶつかる。どくん、揺れる。
その眼は、願う眼。
まるで、薬物にでも依存したような──────光がない、眼だった。
それに、僅かに含んでいたのは、怒気。

「……どこに、いく」
「……い、いや、そろそろここ出なきゃ、」
「…だめ、だ……」
「あいく、」

近い。碧眼が近い。
鼻が俺の頬に触れた瞬間、なにかを口にする事が躊躇された。どくんどくん、どくん、痛いくらい心臓が鳴る。密着する胸がこの音を彼にも響かせているかもしれないと、停止した頭の片隅で考えたらじわじわと顔に熱が集まる。今、多分自分の顔は真っ赤だ。
じわりと滲んだ汗。それを気にせず彼の長い指先が頬の輪郭をなぞる。つぅ……っと確かめるような手付きに、震えが止まらない。
そして、気が付けば、自分は床に背をつけアイクを見上げていた。
──────え、ちょ、待て、
なんだ、この体勢。
押し倒され、てる?

「っ……っ……!!!?」
「レオ……ここに、ずっと、俺と……俺のそばに……」

低くて甘い声が脳髄に深く響き渡る。息がかかる耳が熱く肩がびくびくと震える。おっおっおっやばいやばいやばい。助けを呼びたい。なのに声が、言葉にならない掠れた声にしかならない。
爪先から膝、腹から胸、鼻までぴたりとくっついた体は拘束されて逃げることもできない。悲鳴も上げられない。これは本格的にやばいと悟ったら真っ赤だった顔は真逆の真っ青へと変貌する。やばいやばいやばい何がやばいって色々だ旅立てないし心臓やばいしこいつ誰だし動けないし!
誰か救世主は……!と視線をあたふたと泳がせる。もしかして、誰か気が付いて起きて止めてくれるのではと。期待を込めてナミ、ユウ、サヨリが眠っていた部屋の隅へ意識を向けた。すると、人影が。
サヨリだ。すやすやとあどけない顔で眠っているナミとユウの隣で胡座をかいて座っていた。茶色の毛は寝起きだからという問題ではないが─────ピョンピョンと跳ねている。そして黒い眼は、幸運な事にこちらに気付いていたようで、じっとこちらを見詰めていた。
────救世主! そう思いぱっと顔を明るくしたのも束の間…………彼は、こちらをじっと見詰めたまま動きやしない。口はそこにあるだけという感じで、役目を果たそうとせず閉じたまま。眼はいつも通り、半眼で、そこに感情は特に感じられなかった。困惑というものも感じられない。好奇が感じる訳でもない。ただ、冷静な眼がこちらを見詰めているだけである。
そのまま沈黙。

「……助けに来いよ!
「……えー……」

眼を開けて座ったまま寝てんのかなとか考えたが返事が返ってきた。やる気のない、棒読みの声。

「……やだ…寒い……」
自分だけ毛布被っといてなにほざいてんのこの子!?

よくよく見れば、サヨリが肩からかけている毛布。それはナミ、ユウ、サヨリの三人で使っていたものである。今はのんびりと猫背で座るサヨリが独占していて、他のふたり───ていうかユウが、寝ながらでも寒さで青い顔でガクブルと震えていた。寒そう寒そう! この気温でそれは地獄!
すると、サヨリは「まっ」といずこのマダムのように手を口に当てた。

「……朝から、熱い、あんたがなに言ってるのざますか……」
ざます!?!?

「………レオ、こっちだけ、見ろ…」
「ギャァアアアーーッッちょ、まてまてまてサヨリ助けろマジで!!」

「……面白そう…だから、見てる……ざます」
「お前寝ぼけてんのォオオ!?」

ざますってどうしたこいつ!?
いつも眠そうな顔してるから、今あいつはふざけているのか寝ぼけてんのかは分からないのである。





結局、声が出せるようになったのでナミとユウを大声で起こして助けてもらった。

因みに後に分かったことなのだが、サヨリはあれでも一応驚き困惑していたらしい。
それの結果がまさかの「ざます」口調になったらしいが…………分かりにくいわっ!!













(……オハヨウゴサイマスアイクサン)(…あ? んだよそのうぜぇ顔。死ね馬鹿)
(てめぇが死にやがれこの発情魔ゴラァアアアアアア)(……はぁ?)

(……びっくりした……)(うんどこが? サヨちゃん今すっごく無表情なんだけどどこが!?)(私は最初見たときはとても驚いたが……)

(おい、てめぇら何の話ださっさと説明しやがれ)
アイクが100パー悪い
(はぁっ?)(全国の乙女の為にくたばれぇええええええええ)




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