※みな様リクエストのこの話と繋がっています。

 どうもこんにちは、鬼神鬼灯が娘喜子です。実は最近私とても困っております。と言いますのも、尊敬する父が娘の恋路の邪魔をするのです。
 私が相手の元へ行こうとすれば、一体どこから嗅ぎつけたのか直ぐに迎えに来ますし、この前なんてつい私が口を滑らせたせいで相手をボコボコにしてしまいました。娘として大好きなお父さんに愛されている事実は大変、嬉しいのですが私も人間で言えば十六歳。そろそろある程度自由にしてくださってもいいと思うのですが…私の我儘でしょうか?

「お邪魔いたします」

 今日こそはお父さんにバレないようにと牛頭さん方に口止めをして私は桃源郷の極楽満月本店へとやって来ました。何故本店とつくのかと言うと、それは私の兄が地獄に二号店をオープンさせたからです。
 店主である白澤様はどうやらまだお休みのようです。疲れた顔で桃太郎さんは奥の扉を指差しました。

「では私が起こしてきます」

 背後で桃太郎さんが必死に止めていましたが私は気にしません。兎さんたちに退いてもらい、扉を開けて中に入り込みます。カーテンも開けずに暗い室内の寝台では大きく上下に動く背中が見えました。そっと物音を立てないように背後に忍び寄り、寝台の縁に腰掛けて顔を覗きこみます。普段にこにこと笑っておられますが、今は夢見が悪いのか少し眉を寄せて苦しそうです。
 起こす、べきでしょうか。以前お父さんが夢見が悪かった時は、お母さんが優しく背中を叩いていたのを思い出します。あれは仕事で疲れたお父さんを起こさぬようにとの配慮だったのでしょうし、私の目の前で魘されているのはあの白澤様です。私にお母さんのようなスキルはありませんし、やはり起こすべきでしょう。

「白澤様、朝ですよ。起きてくださいな」
「んー…んん…」
「ほら、桃太郎さんの手伝いしてさしあげないと、」
「…ん、あれ?喜子ちゃん」

 何度か揺するとゆっくりと両目が開きました。寝ぼけ眼で私を見上げて白澤様は額の髪を掻きます。

「あ、れ…僕とうとう君を持ちかえり…」
「してません。でもしたいなら私は一向に構いません」
「いや、いいよ…うん、僕痛いのもう嫌だし」

 多分お父さんとお母さんにボコボコにされた時の事を思い出しているのでしょう。顔色がとても悪いです。上半身を起こして首を鳴らす白澤様に水を差しだします。謝々と中国語で答えて美味しそうに水を飲む白澤様は、確かにお父さんに似ている気がします。違う所と言えば九つある目だとか、ひょっこい体くらいでしょうか。
 無意識のうちに私は白澤様の背中に手を伸ばしていました。角で少しゴツゴツとした背中に触れてそのまま抱きついてみます。ビクりと体が震えて白澤様の焦った声が聞こえましたが気にしません。と言うか、他の女性がこれをしたら喜ぶくせに私だと焦るなんて失礼です。

「好きです」
「あのね、喜子ちゃん」
「嫁にしてくださると言っていたじゃないですか」
「んーそんな昔の話されてもなあ…」

 そう、嫁にしてくれると言われたのは私が物心ついてすぐの頃だから約九百年ほど前の話だ。あの時の白澤様は酔っ払っておられて、初めて見る神獣に興味津津だった私を膝に抱き上げて額に口づけてくださった。

「もし大きくなって綺麗になったら、僕がお嫁さんにしてあげるって言いましたよね」
「うわあ…よく覚えてるね…さすがの記憶力」
「頭の良さもお父さん似です」

 少し胸を張って言った私に白澤様は頬を引き攣らせます。まあ、白澤様とお父さんは所詮犬猿の仲という間柄で会う度に喧嘩なさっておいでですから、分からないでもないのですが。

「私、神獣である貴方に見合うように綺麗になったつもりです。そろそろ約束守ってくださいな」

 どうせ今日も駄目だろうけど。
 予想通り白澤様は何時もの笑みを浮かべて私の手を退かして肩を押しました。そのまま寝台に座り込むと白澤様が子供をあやすように髪を撫でてくれました。何時ものお決まりのパターンです。例え私が懇願したとしてもその手で髪以外を触ってくださる事はありません。
 けれどどうした事か、今日は何時もとは少し違いました。白澤様は髪を撫でていた手を私の頬へ滑らせて下唇にそっと触れました。茫然とする私へ綺麗なお顔が寄ってきます。全身が心臓になったかのように脈打っているのが分かりました。とても恥ずかしいけれど、それ以上いに嬉しくって目を閉じ…た、までは良かったのです。

「ギャッ!!」

 触れていた体温が突然消えて変わりに慣れ親しんだ温もりに抱き上げられます。ああ、やっぱり今日も駄目だった。轟音がして壁の砕ける音を聞いた私は目を開けてため息をつきました。

「親の許可なく娘に手を出すとは…あの時だけでは足りませんでしたか、この淫獣」
「イッ…お前、なに人の部屋の壁に穴開けてんだよ!!修理費取るぞ!」
「お前が勝手に吹き飛んだのが悪い!」
「…はあ」

 このまま喧嘩を続けては店で薬を作る桃太郎さんや兎さん達に迷惑がかかります。
 こういう時こそ淑女の力でなんとかしなければ、お香さんの名言をお借りして私はお父さんの長い髪を引っ張ります。

「お父さん、私疲れました。家に帰りたいです」
「まあ、いいでしょう…おい、極楽蜻蛉。次会ったら覚えとけよ」
「さっさと帰れ常闇鬼神!!」



 どうした事か、桃太郎さんに謝罪をして極楽満月を出てなお、お父さんは私を降ろそうとしませんでした。歩く振動に合わせて体が揺れます。正直私ももう小さくはないので、このように抱き上げられるのは恥ずかしいのですが。

「喜子、あの豚だけは止めなさいと何時も言っているでしょう」
「お父さん何時も言ってますよね、嫌ですって」
「まったく口だけ達者になって…」

 ため息をつくお父さんの横顔はやはり白澤様に良く似ています。って、あら?もしかして私が白澤様が好きなのってお父さんに似ているから、なんてありませんよね?
 一人悩んでいる内に地獄門へ差し掛かって来ました。このまま通り抜けては牛頭さん方に笑われてしまいます。それだけは嫌で暴れてみるものの、白澤様と違い頑丈なお父さんの体はビクともしません。

「っー!お父さん、怒ってらっしゃいますよね?」
「ええ、私や名前に内緒で勝手に学校も休んで牛頭さんと馬頭さんに口止めまでしてあの阿呆の所へ行った事になら怒ってますよ」
「…鬼」
「貴女も鬼ですよ」

 こんな会話をしている間にも牛頭さんと馬頭の声が聞こえてきます。ああ、恥ずかしい。顔を俯かせて私は何とか羞恥に耐えました。その時、ふと先ほどの白澤様の顔を思い出します。あの後彼がなにをするつもりであったのか、分からないような子供では私はありません。お父さんには悪いですが私は諦めません。何度でも監視の目を掻い潜り桃源郷へ行きます。そして何時の日か、先ほどの続きをしてもらうのです。

140420