はっと息を呑んだ私に、男は口元をゆがめた。一瞬の反応が勝負だった。不意を突かれ、動揺を晒した瞬間にこちらの敗北は決まった。
「何だ、本当にいるんだな」
 取り返しのつかない失態に足元から崩れ落ちる錯覚を覚える。私のせいだ。私が不覚を取ったばっかりに、クラピカへと辿り着く要因を与えてしまった!
「答えろ。生き残りはどこにいる?」
「っ、どうして……もう、もう十分でしょう! これ以上、何を……」
 これだけの緋の眼を手に入れたんだ。たった一人くらい見逃してくれたっていいじゃないか。縋る思いで声を絞り出す。しかし返ってきたのはひどく残酷な宣告だった。
「取り零しは気になる性分でな」
 まるで重みを感じない口調。この男に命乞いなど通用しない。絶望に染まる思考の片隅で、ふと燦爛と輝く眼球が過ぎった。かつての同族の成れの果て。私にとってはただのパーツに過ぎないが、この男にとっては違う。
「お願いがあります」
 張り詰めていた息を、深く細く吐き出す。
「私の緋の眼を貴方にあげます。だから、生き残ったクルタ族のことは見逃してください」
「……ほう?」
 男の目がすうっと細められる。
「お前も緋の眼になるのか」
 迷わず頷いた。本当は緋の眼になったことはない。だが、迷いを見せたら終わりだ。
「私は生まれた時から視力を奪われていました。忌み子の緋の眼は災いをもたらすとされていたんです」
 付加価値を付けなければこの男の気は引けない。決死の思いで嘘を続けた。
「緋の眼になった暁には貴方に捧げることを誓います。だから……」
 ――唯一の光を奪わないで。
 ズキズキと痛む胸を押さえながら男の反応を待つ。するとぐぐもった笑い声が聞こえてきた。空虚な眼差しに好奇心の火が灯るのをたしかに見た。
「災いをもたらす緋の眼か……興味深いな」
 瞳の奥がぐわっと広がる様をみて、背筋がビリビリと震えた。
「いいぞ。交渉成立だ」
 片手を差し出される。とても手を取る気になれなくて身を引くが、強引に腕を掴まれた。鼻先が触れ合う距離に男の顔が迫る。その目は、食い入るように私の眼球を見つめていた。
「お前の名前は?」
「……アテ」
「アテか。俺はクロロと言う」
 かろうじて名を告げると男――クロロは笑った。己の欲求のためならばどこまでも身勝手な犠牲を強いる傲慢で強欲な男。この身に宿った暗闇を凌ぐ深淵がこの男の中にはある。
クラピカを救うため、私は欺き続けなくてはならない。それがどれほど恐ろしいことか、この身をもって知ることになる。

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