男の一声で、私の処遇は決まった。
 取り囲んでいた連中が一斉に移動を始める。肌を撫でる外気、落ち葉を踏みしめる足音、鼻腔に溶け込む土の匂い。五感で感じ取れるものすべてが鮮烈で、耐えきれずに目を閉じた。そうしているうちに腰に巻きついた腕が外れ、一瞬の浮遊感ののち固い地面に打ちつけられる。
 その衝撃で気を失ったらしく、目が覚めた時にはまったく別の空間にいた。足元から冷えていく感覚。嗅いだことのない人工的な匂い。外ではなく、内の空間。ああ、頭から溢れてしまう。
「で、これどうすんのさ」
 頭上で声がした。『これ』が自分を指しているのだとすぐに分かった。
「ウボォーが見つけたからウボォーの取り分?」
「あぁ? んな棒切れみたいなガキいらねぇよ」
「こいつも緋の眼にするんだろ?」
「どうやんだよ。痛めつけても何にもなんなかったろうが」
「そいつは俺がもらう」
 ざわめきが頭の中で木霊する。もうこれ以上何も許容できなくて、両手で耳を塞いだ。
 どれくらい経っただろうか。押さえた耳が感覚を失い始めた頃、何者かが近づいてくる気配があった。咄嗟に目を開くと、青みがかった視界にあの男の顔が飛び込んできた。
「目が覚めたか」
 過敏になった神経が音にならない音を拾う。辺りを見回せば、いつのまにか男以外の人間がいなくなっていた。
「お前に聞きたいことがあってな。」
 ぶるり、と体が震え上がる。この男の何もかもが恐ろしい。
「記憶が受け継がれると言っていたが、いったいどれだけの記憶を持っているんだ?」
「わかりません……誰が誰の記憶なのかも……」
「そうか。なら、記憶の内容はどういうものだ」
「殆どが、暗闇です。あとは世話係との会話くらいで、その他には何も……」
 今までたくさんのクルタ族が世話係になった。ほとんどが忌み子の存在を畏れていたが、中には言葉を交わす者もいた。そのささやかな交流の積み重ねが私を作り上げている。
「記憶を引き継ぐ理由に心当たりは?」
「……わかりません」
 男の目から、好奇心の色が薄れていくのが見て取れた。
「よくある双子信仰の一種か。忌避されているが待遇を見ると祟り神としての意味合いが強そうだな」
 独り言のような言葉が耳のそばをスルスルと通り過ぎていく。だが、ふいにそのひとつが耳殻に引っかかった。
「記憶に関してはある種の防衛本能のようなものか」
「防衛本能?」
 ざわり、と得体の知れない何かが背を這う。
「特殊な環境下でも精神が耐えられるように記憶を引き継いでいると考えるのが妥当だろう」
「は……」
 吐き捨てるように息が漏れた。視界がけぶる。身体の中心に熱が凝縮するような感覚。生まれて初めて覚える衝動にブレーキをかけられず、気づけば声を発していた。
「これは呪いです」
 新たに誕生した忌み子にその運命を刻み付けるための呪縛。身を守るなんてとんでもない。いっそ狂ってしまえたらと、どれだけ願ってきたことか!
「どんな気持ちなんだ」
 はっと我にかえる。
「憎んでいたんだろう?」
 男が指をさす。目線で追うと、乱雑に積まれている何かがあった。それは透明な入れ物だった。中身はすべて同じ。満たされた液体に浮かぶ、二つの。
「憎んでいた相手がただの鑑賞物に成り下がるっていうのは一体どんな気持ちなんだ?」
 ああ、と声がもれた。
 いつか誰かが言っていた。クルタ族の眼球は希少性の高いものなのだと。クルタ族は興奮すると眼の色が変わる。緋の眼を手に入れるため、どれほど残虐な行為が繰り広げられたのだろう。ぶるり、と体が震えあがる。
「ひどい」
「酷いのはお前を閉じ込めていた奴らだろう」
「それでも……」
 何もかもを奪われ、生きながらにして殺されていた。怨念に近い負の記憶が私の中に宿っている。だが、男の行いを正当化するに足るものではない。
 それでも、クラピカさえ生きていればそれでいい。そう思ってしまう私は、この男と同じ非道な人間なのだろうか。
「おかしな奴だな。自由になりたかったんじゃないのか?」
 無機質な眼差しだった。物を見るのと変わらない、きっと観賞物にも劣るほどの関心。もう私を生かす理由はどこにもないだろう。
「私にとっての自由は、忌まわしき継承を終わらせることです」
 縋る思いで目を閉じる。もう何も考えたくない。いいからさっさと殺してくれ!
 だが、願いに反して男の問いかけは続いた。
「もうひとつ聞いておきたいことがある」
 喉の奥を鳴らすように、男は低く笑った。
「生き残ったクルタ族はどこにいるんだ?」

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