「私はクルタの人間に閉じ込められていたんです。生まれた時から、ずっと。」
 憎しみを堪えるように絞り出す。男はじっとこちらを見下ろしていた。その瞳は、長年見つめてきた暗闇によく似ていた。
「あなたが奴らを殺したの?」
「ああ、そうだ」
「本当に殺してくれた? 何人をその手にかけたの?」
「殺した人間の数なんていちいち数えちゃいない」
「なら、緋の目は?」
 男が口の端を僅かに持ち上げた。そんな些細な動作がひどく恐ろしい。
「妙なことを気にするんだな」
「私の存在を忌み嫌っていたのは、緋の目を持つ純粋なクルタ族です。奴らが生き残っていたら地の果てまで追いかけてきて私を殺しにくる。お願いです、教えてください。いったい緋の目はいくつあるんですか」
 ペラペラとよく回る口はまるで自分の物じゃないみたいだ。うまくやれているだろうか。体の震えは本物だからきっと怪しまれないはず。男は後ろを振り返ると、仲間のひとりに問いかけた。
「シャル。分かるか」
「あー六十七だよ、確か」
 六十七。脳内で、緋の目を持つ者を順番に数えていく。レペタ、マグライ、ポアル、シーダ、ファリオ、ナロ、アルバ、シスチャ、プタム、ウォスマ、パイロ………そして、クラピカ。しめて、六十八人。記憶していた人数よりも一人、少ない。
「よかった………」
 心からホッとしたように全身から力を抜く。
「本当に、皆殺しにしてくれたんですね」
 きっとクラピカは生きている。それが分かったなら、もういい。
「あなた達に感謝します。私をここから解放してくれた。奴らが生きていたら、外の世界を知らないまま死ぬところでした」
 誰かの笑い声が耳に届いた。それはきっと愚かで無知な子供への嘲笑。きっと私は今から殺される。それでも構わない。誰かを守りたいという誇りを持ったまま死ねるのならば本望だ。
「ひとつ聞くが」
 男が問う。その暗闇は依然としてそこにあった。
「なぜお前はこの場所に閉じ込められていた?」
「……それが、クルタ族の掟だからです。一族のあいだに生まれた双子の片割れは、忌み子としてこの祠で一生を過ごさなければならない」
「なら誰がお前に言葉を教えた。クルタ族は一生閉じ込めておくだけの忌まわしい存在にわざわざ高等な教育を受けさせるのか?」
おそろしい。強くそう思った。この男相手にでまかせなんて通用しない。迷う暇などなかった。気付けば、ありのままを口走っていた。
「私には先代の忌み子たちの記憶が受け継がれています。私に言葉を教えたのは、この祠で一生を過ごした忌み子たちの記憶です」
 沈黙が耳を打つ。信じてはもらえないだろう。頭のおかしくなった子供とでも思えばいい。さあ、もう殺してくれ。略奪の限りを尽くしたその血塗れの腕で、クルタの呪いを断ち切ってくれ。
「へぇ、そりゃいいな」
 そのとき初めて、男がはっきりとした反応を見せた。口の端がゆっくりと持ち上がり、目が細められる。さっき私を鷲掴みにした大男と似た表情だった。でも、何かが違う。さっきの男の表情はおそらく私を脅えさせる為のものだった。じゃあ、この男のは? 背筋にゾクゾクとしたものが這う。その予感は、次に投げかけられた言葉によって確信に変わった。
「よし。こいつも持って帰ろう」

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