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惑溺のお手本


 フェイタンと付き合うことになった。いや、正確にはなりふり構わず拝み倒してお情けで付き合ってもらえたって感じなんだけど、その辺りは割愛する。
 とにかく晴れてフェイタンと恋人同士になれたわけだけど――私は早くも壁にぶち当たっていた。

「私、付き合ってくれたら何でもするって言っちゃったんだよね……」

 アジト待機組の相方であるシャルに打ち明けると、彼はうわぁという顔をした。

「それ、やばいんじゃないの」
「やっぱりそう思う……?」
「そりゃそうでしょ。あのフェイタンだよ? もしかしてナマエって被虐趣味あり?」
「あるわけないでしょ!」
「えーほんとかなー」

 必死に否定しても、シャルは「前からナマエは怪しいと思ってたんだよねー」とか言ってニヤついてる。何が怪しいだ! 断じてそんな趣味は持ち合わせていない!
 あらぬ疑いをかけられてムッとしていると、シャルは肩をすくめた。

「なんでそんなこと言ったのさ」
「だって、とにかく付き合ってほしくて必死だったんだもん……」
「さすが後先考えずに突っ走る強化系」
「うるさいな!」

 憤慨する私を見て、シャルがくつくつと喉で笑っている。
 自分でもバカなことを言ったと思っている。何せ拷問が趣味の男だ。そんな相手に何でもするなんて自殺行為に等しい発言だろう。でも、あの時は本当に必死で頭が回らなかったのだ。

「それで? フェイタンは何を要求してきたわけ? まぁ大体予想つくけど」
「いや、まだ何も言われてないんだけど……でも、いざという時のためにちゃんと準備しておきたいんだよ!」

 拳を握って力説すると、シャルは目を丸くさせた。
 己の軽率さは認めるけど、言ってしまったものはしょうがない。今さら取り消せないというか、取り消して幻滅される方が嫌だ。ただでさえ渋々了承してもらえた感じなのに、そんなことしたら最悪振られる気がする。それだけは絶対に避けたい。
 かと言って、何でもかんでも受け入れてすぐに使い物にならなくされてしまっても困る。フェイタンとは末長く良好な関係を築いていきたい。そのためなら最大限努力するつもりだ。

「――それでシャルに相談なんだけど、自分の念能力を変える方法とか知らない?」
「はぁ?」

 シャルが素っ頓狂な声を上げる。そういう反応されるだろうとは思ってたけど構わず畳みかけた。

「だからフェイタンの拷問欲を満たせるようないい感じの能力に変えたいんだよ!防御力に全振りした能力とか、大怪我しても回復できる系のやつ」

 そうすれば多少無茶なこと要求されたとしてもある程度我慢できそうだし、それに何よりすぐ壊されることもないだろう。
 私が身を乗り出して言うと、シャルは感心したように(半ば呆れたように)息をついた。

「そこで念を変えるって発想になるのがすごいよね。ナマエらしいというか何というか」
「あ、ありがとう……?」
「いや、褒めてないけど」
「えぇ!?」

 じゃあどういう意味なんだと食い下がろうとするが、それより先にシャルに遮られた。

「とりあえず団長に相談してみたら? なんかそういう変わった念盗んでそうだし」
「私もそう思ってクロロに聞いてみたんだけど持ってないって言われた。そういうのはシャルに聞けって」
「クロロのやつ、こっちに押し付けたな……」

 そうぼやくと、シャルは考える素振りを見せてから首を横に振った。

「悪いけどオレも力にはなれないよ。念能力を変えるなんて聞いたことない。少なくとも回復する能力に変えるのは無理だね。明らかに特質系の能力だし、ナマエの系統からはかけ離れてる」
「じゃあ防御に特化した能力に変えるのは?」
「それも厳しいと思う。念を習得したてならまだしもナマエの練度だと尚更ね。普通に鍛え直して肉体を強化するしかないんじゃない?」
「そんなぁ……」

 私はがっくりと肩を落とした。シャルなら何かしら知ってると思ったんだけど当てが外れた。旅団の中でも特に博識な彼でさえ知らないとなるともはや手詰まりだ。

(まぁでも普通に考えて無理だよね……あー、どうしてもっとちゃんと考えて能力決めなかったんだろう)

 今更後悔しても遅いけど嘆かずにはいられない。頭を抱えていると、シャルは苦笑を浮かべた。

「もっと現実的な案を考えたら? 拷問は別の相手で済ませてもらうとかさー」
「それはダメ!」
「何でさ」
「だって、私以外の人を痛めつけて楽しんでるフェイタンなんて見たくないもん……そんなの見たら絶対嫉妬する」
「……」

 大真面目に答えたのに、シャルは何言ってんだこいつって顔で見てきた。え、そんな変なこと言ったかな……。

「じゃあもう腹括りなよ。爪の一枚や二枚差し出す覚悟でさ」
「うぅ……」

 その言葉を聞いて、私は項垂れた。やっぱりそうなるか。いやまぁ薄々わかっていたことではあるけど、いざ現実を突きつけられると辛いものがある。

(爪だけで済むかなぁ……)

 自分の手を眺めながら遠い目をしてしまう。そんな私の様子を見かねたのか、シャルがため息混じりに口を開いた。

「分っかんないなーそんなに悩むくらいなら別の奴にすればいいのに」
「それでもフェイタンがいいもん」
「……はいはい」

 投げやりな返事をした後シャルは携帯をいじり始めた。何だか急に興味を失ったように見えるけど、多分気のせいじゃない。私は慌ててシャルの腕にしがみつき、懇願するように叫んだ。

「待って、見捨てないで! もうちょっと相談乗ってくださいお願いします!」
「えーやだよ。めんどくさい」

 にべもなく一蹴される。この薄情者!

「シャルは私が見るも無惨な姿にされてもいいわけ!?」
「あはは」
「いや笑い事じゃないから!」

 全く取り合ってくれず、シャルは携帯をいじり続けている。

(くそぅ、他人事だと思って……!)

 頭にきて、シャルの携帯を奪おうと腕を伸ばす。しかしひょいとかわされて空を切った。

「何すんのさ」

 子供じみた行動に呆れたような視線を向けられる。それがますます気に食わなくて、今度は本気で掴みかかった。

「うわ、ちょっとやめろって!」
「ちゃんと私の話聞いてよ!」
「もう話は済んだだろ!」
「全然終わってない!」

 半ば意地になって攻防を繰り広げる。そうやってしばらく揉み合っていると、突然シャルの動きが止まった。

「――あ」

 シャルは何かに気づいたように小さく声を漏らすと、指差した。
 つられて後ろを振り向くと、そこには不機嫌オーラ全開のフェイタンの姿があった。

「あれ、フェイタン……?」

 何故ここに、と思いながらも恐る恐る名前を呼んでみる。今回は実行組として団長たちと行動を共にしていたはずなのに、いつの間に戻ってきたのだろう。

(ていうか、何かキレてない?)

 内心焦っていると、下の方から「ちょっとどいてよ」とシャルの声が聞こえてきた。そこでようやく、揉み合いの果てにシャルを押し倒す形になっていたことに気がついた。

「ぎゃあ!」

 慌てて飛び退く。
 よりにもよってフェイタンにこんな場面を見られるなんて。最悪すぎる。

(まずい、誤解されたかもしれない)

 私だったら誤解する。というか、フェイタンが他の女を押し倒してるところを見た瞬間怒り狂って我を失う自信しかない。
 冷や汗かきながらフェイタンの顔色を窺う。無言のままつかつかと歩み寄ってくるフェイタンの表情はいつもの仏頂面だけど、私の目には般若の形相に映った。

(ああどうしよう、殺されるかも……)

 フェイタンに殺されるなら本望だけど、できれば痛くないように殺して欲しい。……いや、やっぱり殺さないでほしい。やっとフェイタンと付き合えたんだからまだ死にたくない!
 そんなことを考えているうちにフェイタンはすぐ側まで近づいてきた。

「何してるか」

 感情を感じさせない低い声で問われる。私にはその声がブチギレの前兆に聞こえた。

「あのっ、これは違くて……そう携帯! シャルの携帯取ろうとしただけなの!」

 自分でも何を言っているのかよくわからない。それでも何とか弁解しようと必死に喋り続ける。そんな私の様子をフェイタンは冷ややかな目で観察していた。果たしてこちらの言い分を信じてくれているのかその表情からは判別つかなくて、ますます焦りが募った。

「とにかくこれはただの事故だから! 信じて!」

 必死に訴えかけると、フェイタンの眉間のシワが深くなる。そして大きなため息をつかれた。

「分かた」
「えっ」
「分かたて言てるね」
「え、本当に?」

 予想外の返答に思わず聞き返す。フェイタンはうんざりしたように「しつこい」と呟いた。

(よかった……よかったけど、こんなにあっさり……?)

 あまりに呆気なく納得してくれたものだから逆に不安になる。

(もうちょっとこう、怒ったり問い詰めたりしてくれても……もしかしてフェイタンって私のこと何とも思ってない?)

 悶々と考えているうちに、フェイタンは視線をそらしてシャルに話しかけた。

「シャル、このバカで遊ぶな」
「いやこっち被害者! ナマエがしつこく絡んできて迷惑してたんだよ。念能力変えたいとか無理難題言ってきてさー」
「? 何の話ね」
「ちょっ、シャル!」

 頼むからそれ以上言わないで!と必死で目で訴えるけど完全にスルーされた。

「ナマエがフェイタンの拷問についていけるか心配だから回復する念とかに変えられないかって相談してきたんだよ」
「うわあああ!」

 私は絶叫しながらシャルに飛びかかった。シャルの口を塞ごうとするも、ひょいっとかわされる。

「シャルの馬鹿! 裏切り者! 」
「なんだよ、事実だろ」

(こ、こいつ……後で覚えてろ!)

 悪びれる様子もないシャルを恨みを込めて睨みつける。するとそれまで黙っていたフェイタンが静かに口を開いた。

「ほんとか」
「えっと……」
「……」
「ほ、本当です……」

 じっと見つめてくるフェイタンの圧に耐えきれず白状する。何を言われるか戦々恐々としていると、予想外の言葉が飛んできた。

「ワタシ、自分の女拷問する気ないよ」
「えぇっ!?」

 驚いて思わず大声が出る。背後でシャルも「そうなの!?」と叫んでた。フェイタンは煩わしそうに顔をしかめた。

(あんなに楽しそうに敵を甚振ってたのに?)

 これまで見てきたフェイタンの所業を思い返すとにわかには信じられない。
 唖然としていると、フェイタンは不服そうに続けた。

「拷問は目的あてするものよ。目的なく痛めつけても退屈なだけね」
「そ、そうなんだ……」

 どうやらただ甚振ればいいってものじゃないらしい。フェイタンなりのこだわりがあるんだろう。よく分からないけど、とりあえず私が拷問を受ける心配はなさそうだ。

(いやそれよりも、さっき自分の女って言ったよね!? フェイタンの口から自分の女って!)

 その一言を思い出しただけで顔が熱くなる。嬉しさでどうにかなりそうだった。

(自分の女、自分の女……)

 何度も噛み締めて幸せに浸っていると、後ろからシャルの声が聞こえてきた。

「なんだ、フェイタンってちゃんとナマエのこと好きなんだね」

 ぎょっとして振り返ると、ニヤニヤ笑うシャルと目が合った。シャル!と思わず叫びそうになったけど、その前にフェイタンに遮られた。

「じゃなきゃわざわざこんなバカと付き合わない」

 さらりと言われたセリフに一瞬思考が停止する。そして理解した瞬間、私は喜びで震え上がった。

(フェイタンがデレた!)

 あのフェイタンが! ツン全開で冷たく突き放してばかりだったフェイタンが!

(まさかこんなこと言ってくれるなんて……)

 正直、私ばっかり好きだと思っていた。付き合ってくれたのもあまりにもしつこいから仕方なくって感じなんだろうなって。すぐに捨てられるんじゃないかという不安もあった。でも今の言葉を聞いたらそんな不安は吹き飛んだ。
 フェイタンも私のことを好きでいてくれたんだ。それがわかった今、天にも昇るような心地だった。
 緩む頬を両手で押さえていると、不意にフェイタンと目が合った。ドキッとしたのも束の間、フェイタンは不機嫌そうに目を細めてこちらを見据えてきた。

「ナマエがワタシのことどう思てるかよく分かたよ」
「あ、アハハ……」

 笑って誤魔化そうとしたけど通用しなかった。フェイタンは不穏な笑みを浮かべて顔を寄せてきた。

「お前が望むなら拷問してやてもいいよ。ナマエの断末魔聞くのも悪くなさそうね」
「いやいやいや望んでないです!結構です!」

 私は慌てて首を横に振る。やっぱりフェイタンはフェイタンだ。調子に乗って浮かれてたら痛い目に遭いそうだ。

「ま、今後のナマエ次第ね」

 フェイタンはそこで一旦言葉を切ると、私の肩に手を置いた。ビクッと身体を強張らせているうちに引き寄せられる。突然のことに驚いていると、耳元で囁くように言われた。

「――次他の男に触らせたら容赦しないよ」

 吐息混じりの低い声に背筋がぞくぞくした。

「は、はいぃ……」

 私は真っ赤になりながらなんとか答える。フェイタンはふっと口角を上げて離れた。思わずその場にへたり込みそうになった。心臓がバクバク鳴ってうるさい。

(ああもう本当にかっこいい……!)

 フェイタンの言動一つ一つにいちいちときめいてしまう。フェイタンにならどんなことされても良いかも……と思ってしまう自分がいた。

(やばい。被虐趣味、ちょっとあるかもしれない……)

 新たな性癖の扉を開けてしまったような気がしてならない。私は火照った顔を押さえて悶えた。背後からシャルの「そういうの他所でやってくんない?」って声が聞こえてきたけれど、今の私に反応する余裕はなかった。
 ああ、私の彼氏かっこよすぎる!


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