片白に潤びる夜半




「あー!疲れたぁ!」

 一日中遊び倒し、すっかり日も沈んだ頃。ホテルに着いた私たちはベッドにダイブするようにして倒れ込んだ。
 今日は朝から大陸一のテーマパークに赴き、日が沈むまで目一杯遊び尽くした。ホテルに戻る頃にはさすがにヘトヘトだったけれど、心地よい疲労感に包まれて心は満ち足りていた。
 ここはパークの一角にあるホテルの一室で、中でも一番グレードの高いスイートルームだ。一泊の値段は目玉が飛び出るほど高かったけど、天空闘技場のファイトマネーがたっぷり残っているから問題ない。ここぞとばかりに贅沢してやろうと決めて一番広い部屋を選んだのだ。

「なんか今日のナマエ、すげーはしゃいでたな」

 隣のベッドで寝そべっているキルアがぽつりと呟く。その声色にはからかうような響きが含まれていた。

「だって楽しかったんだもん。キルアだってそうでしょ?」
「ま、それなりにな」

 キルアがふいと顔を背ける。しかし満更でもない顔をしていたのを私は見逃さなかった。キルアも今日の一日を満喫してくれたらしいと分かって嬉しくなる。

「キルアと一緒に来られてよかったよ」

 そう言って微笑みかけると、キルアは一瞬虚を突かれたような表情を浮かべた後「……急になんだよ」と言いながら枕に顔を埋めた。その様子がおかしくて笑いを堪えていると「ニヤニヤすんな!」と枕を投げつけられた。それを軽々と避け、キルアに飛びかかった。

「わっ!やめろっての!」

 じゃれついてくる私に辟易とした様子で抵抗するキルアだったけど、その顔はどこか楽しげだった。そうしてしばらく二人でベッドの上でドタバタと暴れ回った後、どちらからともなく笑い出した。

「ね、明日は何しようか」

 ひとしきり笑ってから尋ねると、キルアは鼻白んだ様子で「まだ遊び歩く気かよ」と呟いた。

「当たり前じゃん!まだ一日目だよ?むしろこれからが本番だって」

 意気揚々と告げる私にキルアは呆れたような胡乱げな視線を向けてくる。

「なんかお前キャラ変わってね?」
「そう? まぁ、色々あって吹っ切れたからかな。ちょっと図太くなったかも」
「いや、だいぶだろ。図太いっつかもはやイカれてるって」

 キルアはやれやれといった様子で肩を竦めた。昨夜も、これまでの経緯とこれからのことを話したら「ナマエって意外ととんでもないことするタイプだよな」と呆れ交じりに言われたばかりだ。たしかに我ながら大胆なことをしているとは思うけれど、もう後には引けない。

「でも結局キルアも乗ってくれたじゃん」
「まーな。面白そうだったし」

 キルアはニヤリと悪戯っぽく笑った。それにつられて私も笑う。お互い本音をぶつけ合ったおかげで、これまで以上に深い信頼関係を築くことができたように思う。

「んじゃ明日は朝イチでパーク直行な。残りのアトラクション制覇しねーと」
「いいね!それで午後からは夕方のショーに合わせて場所取りして――」

 その後しばらく明日の予定について話し合っていると、いつの間にかキルアの返事が曖昧になってきた。見れば、うつらうつらと舟を漕ぎ始めている。

「そろそろ寝よっか。電気消すよ?」

 んー、と力無く返事をするキルアを微笑ましく思いつつ、私は部屋の明かりを消して自分のベッドに横になった。隣のベッドからは早くも規則正しい寝息が聞こえてくる。
 私も明日に備えてもう寝ようと思ったけれど、いざベッドに入ると目が冴えてしまった。何度か寝返りを打っても一向に眠気が訪れる気配はない。

(これからのことを考えてたからかな……)

 漠然とした不安と、でもわくわくするような高揚感がない交ぜになったような気持ちになりなかなか寝付けなかった。目を瞑ってじっとしているだけでも神経は研ぎ澄まされてしまい、私は諦めて上半身を起こした。カーテンの隙間から差し込む青白い月の光が、室内をぼんやりと照らしている。隣のベッドではキルアがすっかり熟睡していて、気持ちよさそうな寝息を立てていた。キルアを起こさないようにそっとベッドから抜け出ると、忍び足で窓の方へと向かった。
 カーテンを捲ると、広々としたバルコニーが視界に入った。その先に広がるのはライトアップされたパークの夜景だ。私は誘われるように窓を開け、バルコニーに出ると手すりに寄りかかった。

(綺麗)

 眼下に広がる景色は、まるで宝石を散りばめたかのようだ。色とりどりのライトに照らされた建物は昼間に見る時とはまた違った印象を与える。

(なんか、夢みたいだな)

 ついこの間まで流星街にいたのが遠い昔のように感じられる。あのゴミだらけの場所に放り出された時はどうなってしまうのかと途方に暮れたものだし、一時は死も覚悟した。我ながら本当によく生き延びれたと思う。

(まぁ死にかけたことはこれまで何度もあったけどね……)

 過去の出来事を思い返しながら苦笑いを浮かべた。ゾルディック家での日々のこと。天空闘技場での戦いのこと。振り返ってみるとなかなか壮絶だったと実感する。そして、私がこれから進もうとしている道もまた同様に波乱に満ちていることは容易に想像できた。それでも引き返すつもりなど毛頭ない。たとえどんな結果になろうとも、自分の選んだ道を進むと決めたのだから。

 そのまましばらく夜のパークを眺めていると、ふと背後に人の気配を感じた。一瞬キルアが起きてきてしまったのかと焦ったけれど、すぐにそうではないと分かった。
 振り返らなくても分かる。ばくばくと耳の奥で響く心臓の音を聞きながら、ゆっくりと後ろを振り返った。

「イルミ……」

 闇夜に溶け込むような黒髪がさらりと揺れる。月の光を背に負って、真夜中の客人は一人佇んでいた。


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