朱に交われど




 生ぬるい風を受けながら、もはや定位置となった荷台の片隅で流れる景色を眺めていた。今日も今日とてゴミ拾いに繰り出し、日暮れまで作業に没頭した帰り道。初めて参加した時は心身共に疲れ切っていたけど、一ヶ月以上経った今となってはそれほど苦もなくこなせるようになっていた。慣れもあるだろうけど、一番大きいのは絡んでくる鬱陶しい連中がいなくなったからだと思う。最初の頃に難癖つけてきたガラの男は数回程で見かけなくなり、それに便乗していた奴らも一ヶ月の間に一人、また一人と減っていった。それほどこの仕事を続けるのは過酷だということだろう。今日も作業を終えた人たちが疲れ切った様子で荷台に寝そべっている。そんな光景もすっかり見慣れたものになっていた。

 この一ヶ月間、私はほとんど毎日この仕事に参加しており、その甲斐もあって貯金は順調に増えていた。現在は計7000万ジェニー近くが手元にある。半分以上はクロロが買い取ってくれた分だけど、シャルの協力によるところも大きい。彼が残ったガラクタをあらゆるコネを駆使して買い手を見つけてくれたおかげで、予想よりずっと早いペースで金を稼ぐことができたのだ。主にインターネットオークションを利用しているらしく、落札金額も教えてもらったところ想像以上の額にびっくりしたのは記憶に新しい。シャルいわく、この流星街で拾ったというだけで付加価値が付いて高値がつくらしい。彼の情報収集能力の高さと物を売る手腕の巧みさには感服するしかなかった。

(あと3000万か)

 この調子でいけばあと二週間程で達成できそうだ。そうすれば除念を依頼できる。ようやくイルミの針を消すことができるのだ。
 シャルにアンテナを刺されたとき以来、イルミの針の影響は特に感じない。オーラも問題なく使えているし、ゾルディック家にいたときにあった頭の芯がぼやけるような違和感もなくなっていた。針が刺さっていると知らなければ、今も普通に生活しているんじゃないかと思うくらいだ。だが、それはあくまで自覚できる範囲においての話だ。針が今も私の脳に影響を与え続けている可能性だってある。その恐怖は常に頭の片隅にあり、不安を駆り立てた。

(あと少しだ。あと少しでこの悪夢みたいな状況も終わる)

 頭にこびり付いて離れないイルミの存在も、きっと綺麗さっぱり消え去ってくれる。
 逸る気持ちを感じながら、私はきつく拳を握りしめた。




 仕事を終えたその足で教会に帰ってくると、礼拝堂ではクロロとシャルがチェスをしていた。いつもと変わらぬ光景だ。ただ一つ違うのは、チェスを打つ彼らの横で見覚えのある二人が控えていたことだ。

(げ。今日はあの二人もいるのか……)

 若干気後れしながらも、顔には出さないように注意して近づいていく。

「あ、おかえりナマエ」

 気付いたシャルが声を掛けてくる。その声でこちらを向いた二人と目が合った。

「おーやっと戻ってきたか。待ちくたびれたぜ」
「野垂れ死んだかと思たね」

 フィンクスがにやりと笑い、フェイタンが憎まれ口を叩く。その態度からは歓迎している様子は微塵も窺えないが、これが彼らのデフォルトだ。いちいち気にしていたらキリがない。

「どーも、ご心配おかけしました」

 軽く流して二人の間を通り抜ける。向こうはいたって自然体なので私もあまり意識せずに接するようにしていた。しかし内心は彼らの迫力というか威圧感というか、とにかくオーラの強さに気圧されていた。クロロとシャルもそういう意味では同じだけど、こちらはほぼ毎日顔を合わせているからか多少は慣れた。フィンクスとフェイタンは接触が少ないので未だに緊張してしまう。私は二人と目を合わせないようにしながらそそくさとシャルの隣に座った。

 この一ヶ月の間で起きた変化といえば、クロロ、シャル、パク以外の人たちともそこそこ交流を持つようになったことだ。フィンクスとフェイタンの他にもフランクリンという大男や、マチという少女とも話したことがある。フランクリンは寡黙で無骨な印象だったけど、その実割と親切で仕事終わりの私を労ってくれるような一面もあった。マチは気が強い性格のようで言動こそ刺々しいが、何度も顔を合わせるうちに少しだけ世間話をしてくれるようになっていた。その二人に比べるとフィンクスとフェイタンは血の気が多い印象で、あまり関わり合いになりたくないというのが本音だった。
 揃いも揃って癖の強いメンツだけど、総じて言えるのは皆クロロに信頼を寄せているということだ。彼らはクロロを「団長」と呼び慕い、その指示には従う。クロロは彼らの中で一目置かれる存在なのだということが窺えた。だからこそいきなりクロロの周りをウロチョロし始めた私の存在に興味を示して、こうして入れ替わり立ち替わり絡んでくるのだろう。妙なことをしないか見張る目的もあるんだろうけど。

「お疲れ。今日はどうだった?」

 盤面から顔を上げたシャルが問いかけてくる。私はさっそく今日の労働の成果を取り出した。

「いつもより多く拾えたよ」

 長椅子の上にガラクタを並べていく。見た目だけじゃ価値は測れないことはこの一ヶ月で学習済みだ。クロロとシャルは一つ一つを手に取って、じっくりと品定めをしていった。

「なんだよ、ゴミばっかじゃねーか」

 横からヒョイと手が伸びてきて、私が並べた物の中から砂の入った小瓶をつまみあげる。フィンクスだ。彼は小瓶を掌の上で弄びながら訝しげに目を眇めた。

「これが金になんのか?」
「ゴミ山から拾たモノよくベタベタ触れるね」

 フェイタンが嫌悪感を滲ませながら吐き捨てる。しかしフィンクスは気にする素振りも見せず、次から次へと物色していった。

「なんかこうよ、もっと分かりやすいモンねーのかよ。地味すぎんだろ」
「同感。レアものの武器とか拷問器具とか拾てこい」
「そんなこと言われても……」

 無茶振りにも程がある。冷やかしなら余所でやってくれないかな、と内心げんなりしていると、シャルが助け舟を出してくれた。

「見た目がゴミでもコレクターにとっては喉から手が出るほど欲しいモノだったりするんだよ。そういうお宝は替えが効かないことがほとんどだし、市場にも滅多に出回らない。だから価格が跳ね上がるんだ」
「ふーん。そんなもんか?」

 フィンクスは興味なさそうに相槌を打つと、手にしていた小瓶をシャルの方に放った。シャルは危なげなく小瓶を受け取ったあと「投げるなよ」と窘めた。こうして見るとシャルの方が常識人っぽく見えてくるから不思議だ。

「でもよ、コイツ金がいるんだろ?」

 顎をしゃくりながらフィンクスの視線がこちらに向けられる。

「ならこんなチマチマ拾ったモン売るよりデカいシノギに参加させれば一発だろ」
「え?」

 思いもよらない発言に目を丸くする。
 シノギってなんだ。よく分からないけど、多分碌でもないことのような気がする。

「確かにそれが一番手っ取り早いだろうね」
「ワタシ反対よ。足手纏い不要ね」

 シャルが同意すると、すかさずフェイタンが異を唱える。なんだか雲行きが怪しくなってきた。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 不穏な空気を察して恐る恐る声を上げるが、三人は私の様子などお構いなしに会話を続けた。

「ナマエはこう見えても結構やるよ。初対面でオレのことぶん殴れるくらいだし」
「それシャルが油断してただけね。こんなのいてもお荷物なるだけよ」
「別に正式に入団させようって訳じゃねーよ。使えなかったら放り出しゃあいいだけだろ」
「なら最初からいらないね」

 当事者を置き去りにしてやいのやいのと言い合いを始める三人に焦りを覚える。クロロは静観することに決めたのか、黙って成り行きを見守っている。切実に止めてほしい。
 というか、入団ってなんだ。そもそも具体的に何するのかすら聞いてない。いや、だいたい想像はつくけど、詳しく聞きたくなかったからあえて避けていた部分でもある。とにかく絶対やばいことだけは確かだ。
 これ以上話が進む前に断ろうと身を乗り出しかけたところで、フィンクスがクロロに問いかけた。

「なあ団長、そろそろ動き出すんだよな?」

 話の水を向けられたクロロが、ああ、と頷く。

(な、何? 何が始まるの……?)

 クロロとフィンクスのやり取りに嫌な汗が流れる。話の筋は読めないけど、何かよくないことが起こりそうな予感だけはひしひしと伝わってくる。

「今回は結構な大捕り物になりそうだし、人手が多いに越したことはないんじゃない? 使えるモノなら使っておいた方が得策だと思うよ」

 シャルも畳みかけるように言う。何を勝手に進めてるんだと抗議したかったが、口を開くタイミングを完全に逃してしまった。というか、場の空気に呑まれて声が出せなかった。
 三人の視線がクロロに集まり、彼の答えを待つ。決定権はクロロに託されたようだった。心臓がばくばくと早鐘を打つ。さっきまで普通に話してたのに、なんで急にこんな展開になるんだ。ついていけない。
 クロロはじっと黙り込んでいたが、やがて静かに口を開いた。

「ダメだ。ナマエの参加は認められない」

 きっぱりと言い放たれた言葉に、張り詰めていた空気が霧散する。私は思わず安堵の溜息をつきそうになった。よかった。クロロがNOと言うならこの話はお流れになるはずだ。

「えー、なんで?」
「これはオレ個人の取引だからな」
「それ理由になってなくない?」

 シャルが不満げに唇を尖らせる。それに対し、クロロは首を横に振るだけで何も答えなかった。取り付く島もないクロロの様子にシャルは「ちぇー」と不貞腐れたように呟き、椅子の背に身体を預けた。一方フィンクスは「団長がそう言うなら仕方ねーか」とあっさり引き下がり、フェイタンはもはや興味を失った様子で目を閉じている。言い出したフィンクスよりシャルの方が何故か不服そうな顔をしていたが、クロロの決定に逆らう気はないのかそれ以上食い下がることはなかった。

(なんかよく分かんないけど助かった……!)

 ひとまず身の危険は去ったことに胸を撫で下ろす。心の中でクロロに感謝を述べながら、私はひっそりと息をついた。

(やっぱり深入りしない方が賢明だな)

 彼らを根っからの悪人とは思っていないし、感謝だってしてるけど、それはそれ、これはこれだ。彼らの世界とは距離を取るに越したことはない。私の目的はあくまでもイルミの針を抜くことなんだから。
 何事も無かったかのように次の話題へと移っていくクロロ達を尻目に、私はひっそりと決意を新たにした。


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