空舞う灰は人の屑




 ガタガタと激しく揺れるトラックの荷台で、私は膝を抱えて座っていた。荷台には私以外にも十数人の男女が乗っている。みな一様に防護服を身に着けていて、不安げな面持ちで前方を見据えている者や、ギラギラした目つきで周囲を観察している者など様々だ。かくいう私も彼らと同様、防護服を着用して目的地に到着するのをじっと待っていた。『ゴミ拾い』の参加者の一人として。

 クロロに仕事を斡旋してやると言われた翌々日。指定された場所へ赴くと、そこにはすでに大勢の人間が集まっていた。総勢で五十人余りはいるだろうか。全員、今回のゴミ拾いの参加者だ。工場らしき建物の前で点呼が行われ、それが済むと作業者たちは荷台に乗せられて移動することになった。
 十台ほどのトラックが列を成し、道なき道を進んでいく。作業者を乗せたトラックは前方を走る数台で、残りは地面に撒く消毒用の石灰が詰まった麻袋や清掃用具などを運搬する役割を担っていた。作業者と言っても一概に同じ仕事をするわけではなく、清掃のみを行う者もいれば、ゴミの中から再利用できる物を選別する者もいる。役割ごとに別々のトラックに乗っているらしかった。私が乗る先頭のトラックは後者で、中でも汚染が進行している地域に足を踏み入れて作業を行う。リスクは高いが、その分実入りは大きいとのこと。荷台に同乗している他の作業者たちがピリピリとした緊張感を纏っていることからもそれは窺えた。

(改めてすごい光景)

 周囲の景色を眺めながら、ぼんやりとそんなことを思った。居住区の近くはまだ緑が残っているけど、そこから離れるにつれて景色は一変していく。草木や花といった自然は姿を消し、代わりに目に入ってくるのはゴミ、ゴミ、ゴミ。堆く積み上げられたゴミの山が延々と続いている光景は何度見ても圧倒させられる。同時に、ここが人間の営みが生み出した無残な現実なのだと思うと何とも言えない気持ちになった。

(たしか独裁者の人種隔離政策が発端だったっけ)

 教会内の書庫で得た知識を頭の隅から引っ張り出す。
 かつてこの場所は漁村で、海に面した豊かな土地だったそうだ。ところが、当時大陸を統治していた独裁者の政策によって移民の受け入れ先として指定されてしまう。移民たちはこの地に強制的に移住させられ、徐々に人口が増加していき、やがて居住区が形成された。元々の住民たちからは不満や反発の声が上がるようになったけど、独裁者はそれらの声を一切聞き入れなかったという。さらに、住民たちと独裁者との間で軋轢が生じ始めた頃、独裁者はある政策を打ち出した。それは表向きは首都の環境保護を謳ったものだったけど、その裏では処理しきれない廃棄物をこの場所に投棄するというものだった。結果、夥しい量のゴミが運び込まれ、その中から廃品回収を行ってわずかな日銭を稼ぐ貧民が住み着き、急速にスラム化が進んだのだという。その後も独裁者の悪政は続き、廃棄物の投棄はとどまるところを知らず、結果、この土地はこの世の何を捨てても許される場所と言われるまでに至ったそうだ。
 書物で得た知識を頭の中で反芻し、そっと息を吐く。
 あの本の末尾には、こう記されていた。『流星街は人間の業が生み出した負の遺産そのものだ。』と。たしかに歴史的背景を見ればその通りなのかもしれない。でも、私はこの場所を悲劇だけの場所とは思えなかった。人間らしい暮らしや、活気に溢れる街の風景も確かに存在することを知っているから。

「おい」

 不意に声を掛けられ、私はハッと我に返った。目を向けると、同乗している男の一人がこちらを見ていた。年は私の少し上くらいだろうか。目つきが悪く、いかにもガラが悪そうな風貌をしている。

「何?」
「お前、クロロの知り合いなんだってな」
「まぁ、一応」

 知り合いというと少し語弊がある気がするけど、面識があることには違いない。頷けば、男は嘲るようにフンと鼻を鳴らした。

「こんなガキがねぇ……」

 じろじろと不躾な視線に晒されて、少しばかりムッとする。初対面の人間に対して随分な態度だ。

「ガキって、そんなに年変わんないでしょ」
「俺ァもう十八だ。お前みたいなガキとは違うんだよ」

 男がせせら笑う。

(なんか面倒そうな奴に絡まれた……)

 こういうタイプは下手に言い返すと面倒なことになるから無視するに限る。私は視線を逸らして口を噤んだ。しかし男は尚もしつこく話しかけてくる。

「クロロの仲介で飛び入り参加する奴がいるっつーからどんな奴かと思ってたが、まさかこんなガキとはな。アイツも焼きが回ったのか?」
「……」
「一体どんな手を使ってクロロに取り入ったのか教えてくれよ」

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら男は言う。露骨な挑発の裏には、私に対する敵意の念がありありと見て取れた。

(なるほど、そういうことか)

 この男、おそらくクロロに対して憧れや尊敬の念を抱いているんだろう。だからクロロが引き入れた私の存在が気に入らないんだ。

(クロロって結構人望あるんだ)

 私はクロロの人となりをほとんど知らない。でも、たまたま乗り合わせた男の心酔している様子を見ると、流星街の住民から一定の支持を受けていることは確かなようだ。もしかしたらクロロの口利きがなかったら私のような余所者はこの仕事に参加できなかったかもしれない。そう思うと感謝の気持ちと共に、クロロ相手に借りを作ってしまったというちょっとした焦りを覚えてしまう。

「おい、なんとか言えよ」

 反応を示さない私に痺れを切らしたのか、男が苛立った声を上げた。相手をするだけ無駄だと分かっているけど、こうもしつこく絡まれると鬱陶しいことこの上ない。

「別に取り入ったりなんかしてない」

 努めて冷静に言葉を返したつもりだったけど、それが逆に気に食わなかったらしい。男の眉がぴくりと動いた。

「あ? 見え透いた嘘ついてんじゃねぇよ」
「嘘じゃないってば」
「じゃあクロロとどういう関係なんだよ」
「ただの顔見知りだよ。ほぼ他人」
「はぁ? お前、バカにしてんのか? それだけの相手にクロロが構うわけねぇだろうが!」

 男は激昂して声を荒げた。何がそんなに気に食わないんだろう。もしかして過去にクロロに構ってもらえなくて悔しい思いをした経験があるとか? だとしたら八つ当たりもいいところだ。

「お前みたいなガキがクロロに認められるわけねぇんだよ!」

(あぁもう、うるさいなぁ)

 いいかげんうんざりしてきた。男が一方的に絡んできているだけだけど、そろそろ相手をするのも面倒くさい。どうやってこの場をやり過ごそうかと考えを巡らせ始めたその時。

「おい、その辺にしておけ」

 不意に別の声が割って入った。見れば、荷台の後方で座っていた男がこちらに視線を向けていた。作業員を統率するリーダー格の男だ。無精髭を生やしたガタイの良いその男は、ドスの利いた声で言い放つ。

「もうすぐ目的地に着く。無駄に体力を消耗するな」
「でも……」

 男は尚も食い下がろうとしていたけど、リーダー格の男が鋭い視線を投げればぐっと口を噤んだ。どうやらこのリーダー格の男には頭が上がらないらしい。

「チッ」

 男は忌々しげに舌打ちすると、私から顔を背けて反対側を向いた。ようやく解放されたことに安堵しながら、溜息を噛み殺す。
 敵意を向けてくるのはさっきの男だけじゃない。この場にいるほとんどの人間が似たような目で私を見ている。ただでさえ注目を集めている状況で、これ以上余計な面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。私はそっと目を伏せて意識を逸らすと、到着まで静かに待つことにした。 



「着いたぞ、降りろ」

 リーダー格の男が言ったのを合図に、荷台に乗っていた人たちが次々に降車していく。私もそれに倣って荷台から飛び降りた。いつの間にか後ろに続いていたトラックは一台もなくなっていて、広い荒野にいるのは私たちだけになっていた。

「ここからは各自、作業に移れ。集合時間までには必ず戻ること。一分でも遅れたら置いていくからな。以上だ」

 リーダー格の男が注意事項を述べ、それを合図に作業者たちはゾロゾロと移動を始める。私もそれに続こうとしたけど、また厄介な相手に絡まれてはたまらないと思い直し反対方向に向かうことにした。

「おい、ちょっと待て」

 リーダー格の男に呼び止められてしまい、私はぴたりと足を止めた。一体何を言われるのかと思いきや、男は予想外のことを口にする。

「そっちは特に汚染が酷い区域だ。あまり奥まで行くんじゃないぞ」
「あ、そうなんですか」

 つい間の抜けた返事をしてしまう。てっきりまた妙な因縁を吹っかけられるんじゃないかと思っていただけに拍子抜けしてしまった。男はそんな私の様子をどう思ったのか、眉間に皺を刻みながら言葉を続ける。

「いいか、霧が出てきたらすぐに引き返せ。上空に溜まった有毒ガスの粒子が地表まで下りてくるからな。吸い込めば呼吸器官がやられて最悪死ぬぞ」

 男はぶっきらぼうな口調ながら親切にも忠告してくれたようだ。私はぺこりと軽く頭を下げた。

「わかりました。ありがとうございます」
「フン、礼なんかいらねえよ」

 そんな捨て台詞を残して、男はさっさと歩き去っていってしまった。見た目は怖そうだと思ったけど、意外と良い人なのかもしれない。さっきの出来事でささくれ立った気持ちが少しだけ和らいだような気がした。

「さて、と」

 ガスマスクを装着し、拾得物を入れるためのバックパックを背負い直す。そして改めて周囲を見渡した。

(うーん、この辺りは微妙か)

 この一帯は瓦礫ばかりで、特に目ぼしい物は見あたらない。それでも一応念の為に、使えそうな物がないか足元を確認しながら進むことにした。瓦礫の隙間から見える地面はひび割れていて、濁った水たまりがいくつも点在していた。そこから立ち昇る臭いも鼻が曲がりそうなほど酷い。ガスマスクのおかげで呼吸はなんとかできているけど、不快なことには変わりなかった。しかし、この程度で怯んではいられない。私は黙々と足を進めていった。
 しばらく行くと、少し開けた場所に出た。そこには至るところにゴミの山が築かれていて、積まれたゴミが自然発火したのかあちらこちらから細い煙が上がっている。

「あそこでいっか」

 私は手近にあった一際大きなゴミ山に近づき、ガスマスクの中で一度目を閉じた。オーラを目に集中させて『凝』を行う。すると、ゴミの山の表面にうっすらオーラが滞留しているのが見えた。

「うん、当たりだ」

 私は口角を上げると、ゴミ山、もとい宝の山を漁り始めた。

 凝をしながらゴミ拾いをするというのはクロロから教わった方法だ。

『たとえ念を習得していなくても卓越した才能の持ち主が作ったものにはオーラが残留していることが多いんだよ。オーラを纏ってる物を拾ってくれば、ゴミの中から思わぬお宝が見つかることがある』

 クロロの説明を思い出しながら物色していく。正直まだ半信半疑だけど、鑑定の知識のない素人が闇雲に拾ってくるよりかは値打ち物を見つける確率は高いだろう。雑多なガラクタの山からオーラの残滓を辿っていった。

「おっ、これなんか結構良さそうかも」

 古びた手鏡を見つけて拾い上げる。鏡面部分は割れてしまっていて使い物になりそうにないが裏面の装飾部分にオーラが見えた。

「あとは、こっちは……うーん、微妙かなぁ」

 次に見つけたのは錆びついた細い棒状の破片。ほんの僅かにオーラが残ってはいるものの、どう見てもゴミにしか見えない。

「ま、一応持って帰るか」

 それらをバックパックに詰め込むと、さらにゴミの山を掻き分けていった。
 しばらく作業を続けた結果、かなりの量の物品を回収することができた。古いゲーム機やラジオといった電子機器から、古びた本や手帳といった紙類、果ては用途不明の物体まで実に様々だ。とりあえずオーラを纏っている物を片っ端から放り込んだ。

「これくらいかな」

 目ぼしい物をすべて拾い終え、一息つく。気が付けばだいぶ時間が経ってしまっていた。集合時間にはまだ余裕があるはずだけど、念のため早めに戻ろうと踵を返す。
 元来た道を引き返していると、不意に強い風が吹き抜けた。粉塵が舞い上がり、視界を灰色に染め上げる。やがて風が止み視界が晴れると、遥か先まで続くゴミの地平線が眼前に広がっていた。

(なんだか、気づいたらずいぶん遠くまで来ちゃったな)

 改めて自分がいる場所を見渡してみると不思議な感覚に襲われた。ゾルディック家からまさかこんなところまで来ることになるなんて想像すらしていなかった。人生って本当に何が起こるかわからないものだ。

「まぁ、そんなに悪くないか」

 誰に言うでもなく独りごちる。この先に何が待っているか分からないけど、今はとりあえず前だけを見ていこうと思う。ずしりと重くなったバックパックを背負い直し、私は再び歩き出した。


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