白を引き裂く




 イルミとの電話で気力を使い果たし、茫然と窓の外を眺めていると、やがて街の明かりが見えてきた。首都ロベリアだ。街はネオンの光に包まれ、遠目に見てもかなりの賑わいであることが見て取れた。さすがは首都と言うべきか、建物の数も他の地区に比べて多いように感じる。
 車は速度を落として街の中へと入っていく。向かう場所は街外れにある飛行船乗り場だ。そこでアイジエン大陸行きの飛行船に乗り込む手筈となっている。
 時刻を確認すると、ちょうど二十二時を回ったところだった。あと数時間ほどで出発予定時間になる。

(いよいよか)

 飛行船に乗ること自体は初めてではない。だが、今回は今までのように気軽に乗れるわけではない。今のところ追手の気配はないが、万が一に備えて警戒しながら乗り込まなければならない。
 緊張で鼓動が速くなっていく。気持ちを落ち着かせようと一度大きく息をついて目蓋を閉じる。

(あと少しだ)

 もう少しで窮屈な世界から抜け出せる。そう自分に言い聞かせて、固く拳を握った。


 それから一時間後、ようやく飛行場に到着した。だだっ広いスペースに巨大な飛行船がいくつも並んでいる。車はそのまま飛行船の脇を通り過ぎ、乗り場の建物の陰で停車する。

「ここまでだ。降りろ」

 それまで無言を貫いていた運転手の男が淡々と言った。私は言われるまま車を降りる。途端に外気の冷たさが肌に触れた。思わず身震いしそうになるのを堪えて、周囲の気配を慎重に探る。特に変わった様子はない。ひとまず安心してよさそうだ。
 ふぅ、と息をついて、乗り場の建物に向かって歩き出す。まずは窓口で身分証を提示して、搭乗券を受け取る必要がある。その後は出発時刻までどこかに身を潜めていよう。
 足早に建物に向かいながら、今後の段取りを考えていた時だった。

 ――パン!

 銃声のような音が鳴り響いたと同時に、こめかみに鋭い痛みが走った。

(え?)

 一瞬何が起こったのか分からなかった。目の前の景色がぐらりと傾いで、全身から力が抜けていく。地面に着いた頬がひやりとして、自分が倒れたことに遅れて気がついた。

(嘘、撃たれた?)

 霞む視界の中で、目の前に赤い液体が流れていく。

(なんで? 一体、誰が)

 突然の出来事に思考が追いつかない。しかし混乱する思考とは裏腹に、意識はどんどん遠ざかっていく。まずい、ここで気を失うわけにはいかない。こんなところで死にたくない。懸命に手足を動かそうとするけど、指先もろくに動かすことができなかった。
 すると、近くに誰かが立っているのに気づいた。すぐに数人の足音がこちらに向かってくる。

「――全く、こんなところまで足を運ばせるなんて!」

 頭上で誰かの声が聞こえる。その甲高い声には聞き覚えがあった。

(まさか、この声……)

 私は最後の気力を振り絞って、自分の頭を撃った人物の姿を捉えた。

「あら、まだ生きてたのね」

 そこに立っていたのはキキョウさんだった。
 地面に這いつくばる私を見下ろして、嫣然と微笑んでいる。あまりの驚きに言葉が出てこなかった。

(嘘、どうしてここにキキョウさんが?)

 そもそもどうやってこの場所を突き止めのか。そしてなぜ私を殺そうとしているのか。様々な疑問が頭の中に浮かび上がる。しかしその答えを見つける前に、視界が黒く塗り潰されていく。

(あぁ、もうダメだ――)

 意識が完全に途絶える直前、私の耳に届いたのは、キキョウさんの楽しげな笑い声だけだった。


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