こわれた心の交点




 ミルキに言い渡された期間は三日。その間に、イルミが接触を図ってくるだろうという予感がした。
 私は来るべき時に備えて、針に気づく前の自分を懸命に思い出していた。不自然な態度をとってイルミから怪しまれることがないように。異変を察知され、計画が見抜かれるようなことになればミルキが言っていた通りさらに強力な針を刺されて自我を奪われるだろう。それだけは避けなければならない事態だ。
 イルミと対峙したときの場面を繰り返し想定する一方で、頭に埋め込まれた針に思考がのみ込まれるのではないかという恐怖に苛まれていた。ふとした瞬間に頭の奥の方でぐにゃりと何かが歪むような感じがして、その度にイルミにされた仕打ちを思い出して、憎め、軽蔑しろ、と自分に言い聞かせた。決して自分の心を見失わないようにと。
 だけど、私はもうどこからどこまでが自分の本心なのか分からなくなっていた。疑い出したらキリがないと分かっていても、疑う心を止められず、どんどんどつぼに嵌まっていった。

 そうやって部屋で一人悶々と考え込んでいると頭がおかしくなりそうで、私は度々ゾルディック家の敷地内を徘徊するようになっていた。
 その晩もいくら眠りにつこうとしてもうまくいかず、堂々巡りの思考を断ち切ろうとこっそり部屋を抜け出して中庭にやってきた。
 中庭に人影はどこにもなく、ひっそりとしている。私は噴水を囲む石の上に腰を下ろし、ずっと緊張状態ですり減った神経を落ち着かせようと大きく深呼吸した。だけど、空が暗く曇っているせいか、はたまた自分の心が定まらないせいか、いつになく落ち着かない心地だった。
 噴水に溜まった水を見下ろすと、水面に自分の顔が映る。その憔悴した顔を眺めながら、私は自分の半生を振り返った。

 五歳の時にシルバさんに拾われ、衣食住を与えられる代わりに耐毒訓練の実験台にされたりと、常に死と隣り合わせの状態で生きてきた。それに加えキルアが生まれてからはイルミの脅威にもさらされるようになった。あの過酷な日々は今でもはっきりと思い出せる。
 それでも、今が一番苦しいとはっきり断言できる。これまでいくらでもつらいことはあったけど、心が壊れるかもしれないと感じるのは初めてのことだった。いっそのこと壊れてしまえば楽なのに、どうしてこんな中途半端な状態で放置されているのだろう。イルミの考えていることが分からなかった。
 このまま家に残れば、イルミの監視下でまるで籠の中の鳥のように扱われるのだろう。籠の鳥に自由はないけれど、鳥籠にいる間は命の危機にさらされる心配はない。安心して羽を休めることができる。でも、それはきっと死んでいることと変わらない。それだけは死んでも嫌だと強く思う。少なくとも、今は。

 しばらくぼんやりしていたら、ふいに空気が動いた。覚えのある気配を後ろから感じて背筋が震える。そこにいるだけで感じる、彼の存在。来るべき時がついに来たのだとわかった。
 私はぎゅっと拳を握って、一瞬、瞑目した。そして覚悟を決める。自分を偽り、イルミを欺く覚悟を。
 水面に落としていた視線を上げて振り返った。じっと射竦めるような目でこちらを見つめながらゆっくりとイルミが近づいてくる。足音なく、イルミが目の前に立ちはだかった。

「こんなところにいたんだ」

 いつものように感情のこもってない声でイルミは言った。でも、眼差しはいつもの平坦なものとは違っている。熱っぽい視線を向けられ、心臓が不規則に動き出すのが分かった。
 でも、この心の動きはまやかしだ。頭に埋め込まれた針によって生み出された偽りの感情にすぎない。

(呑まれるな。でも、悟られるな。ここが正念場だ)

 ふいに厚い雲の隙間から月明かりが差し込んだ。まるでイルミと対峙する夜の恐怖を薄れさせてくれるようだった。


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