向き合う決意




 ずっと見ないふりをしてきた。イルミの変化に薄々気付きながらも、必死に自分を誤魔化して目を逸らし続けてきた。それこそ数年前――私を家から追い出せばいいとイルミに啖呵を切ったあの日から、ずっと。
 私の罪は、考えることを拒否していたことだ。そのツケを払う時がきたのかもしれない。


「そこまで私に固執する理由はなに?」

 疑問をぶつけると、イルミは面白がるように眉をはねあげた。

「へー、ついに認めるんだ。前までは邪魔者の私に構うなんておかしいとか言ってたのに」
「……逃げるのは、もうやめたの。イルミとちゃんと向き合って話したい」

 自然と言葉が出てきた。そしてそれは、心からの言葉だった。
 無意識のうちに全身に力を込めながらイルミを見据える。イルミもまたこちらの目の奥まで貫くような視線で見つめてきた。
 そのまましばらく、無言のまま互いの視線が交錯する。
 一秒、二秒、三秒――そして五秒ほど経ったところでイルミが先に視線を切った。

「さぁ、どうしてだろうね。オレも分からないや」
「分からないって……」

 おざなりな答えにムッとする。しかし、それ以上に不機嫌な声が返ってきた。

「気付いたらそうなってたんだよ」

 苦々しげにぼやく横顔が、ひどく新鮮に映った。
 こんなに曖昧なことを言うイルミを初めてだった。いつだって白か黒かはっきり付けたがる人だったのに。そのらしくない姿に、くすぐったいような、むずがゆいような感情を覚える。なにか言いたいのに、なにをどう言えばいいか分からなかった。
 長い沈黙が続き、これ以上の答えはもらえないかと諦めかけたとき、イルミがぽつりと呟いた。

「――昔から、ナマエの存在が煩わしかった」

 闇を凝縮させたような目がひたっと私を見据える。

「ナマエのやること為すことすべてが目について、目障りで仕方なかったよ。何度お前を排除しようと思ったことか」

 淡々と語られる心情は、かつて私がイルミに対して抱いていたイメージそのものだ。
 気に入らないものは排除する――それがキキョウさんの教えだ。だけど、イルミがその教えに忠実に従っていたならば、私は今この場に存在していない。
 
「ナマエの存在が邪魔で仕方がないのに、殺してスッキリしようとも思えないから余計に苛立ったよ。これだけオレの気分を害しておきながらお前は素知らぬ顔だしね。あの家で育ったのに、まるで違う世界を見ているナマエが許せなかった。だから正しく矯正してやろうと思ったんだよ。手元に置いて、一から教育してやろうって。……でも、お前は本当に思い通りにならないね」

 イルミがわざとらしく息を吐きだす。
 なんだか、恨み言のように聞こえるのは気のせいだろうか。

「誰かを自分の思い通りしようとするなんて間違ってる」

 反感むき出しで答えたのが可笑しかったらしく、イルミはくすりと笑った。

「お前はいつもそうだね。頑固で、潔癖で、いつだって自分が正しいと思ってる」
「人の意思を無視して押さえつける行為が正しいわけない!」
「そう? 何が正しいかなんて見方によっていくらでも変わるんじゃない? 自分が正しいと思い込む方が危険な思考だと思うけど」

 こんなものは詭弁だ。分かっているのに、イルミの独特な物言いにこっちの方がおかしくなりそうだった。理解に苦しむ言葉に引きずられそうだ。

「そうやってオレを絶対的な悪だと決めつけて目を逸らしてきたんだろ」
「っ!」

 その言葉に、頬を叩かれた気がした。
 イルミの言う通りだ。私は、自分が勝手に作り上げたイメージを押し付けてまともにイルミを見ようとしてなかった。だから今一度まっさらな気持ちで向き合おうとしているのに、イルミのことを知れば知るほど困惑を深める一方だ。簡単に理解できる相手ではないと思い知らされる。
 「ナマエ」とイルミが名を呼ぶ。脅すような苛烈な眼差しに射抜かれる。けれども、その瞳の奥に切実な気配を感じて、私は知らず息を呑んだ。

「オレはお前が憎いよ」

 恨みのこもった声に身を引くと、イルミがその逃げを許さぬように腕を掴んできた。

「憎くて憎くてたまらない。ひと時だってお前を忘れることが出来ないくらいに」

 憎いと繰り返す言葉の裏には、隠しきれない執着が滲んでいる。まるで愛の告白でもされているのかと錯覚しそうになる。唇を噛み締めて、わけのわからない鼓動の早さに耐えた。

「それなのにナマエはすべて投げ出して、家も、オレたちのことも捨て去ろうとした。到底許せるものじゃなかったよ。だから無理やりにでもオレのものにして、憎しみでもいいからナマエの心に存在してやろうと思った」
「なっ……」

 あまりに狂った思考に絶句する。とっさに掴まれた腕を振り払おうするが、逆に強く握り込まれた。

「――でも、どうやらオレは、本気でお前を傷つけたいわけじゃない」

 イルミは憂鬱そうな口調で言った。否定したくてたまらないという顔だった。


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