恋に狂う鳥のように
あれから一週間が経った。
状況は何も変わっていない。シルバさんの協力を得ることに失敗し、頼みの綱であるミルキからは依然として何の音沙汰もなく、ゾルディック家を逃げ出す計画は暗礁に乗り上げたままだ。
結婚の話が進んでないことがまだ救いだけど、この膠着状態がいつまでも続くとは思えない。何せ、当主であるシルバさんが結婚に賛成しているのだ。私の存在がイルミの抑止力なると見込んで。
あくまでも願望だとシルバさんは言っていたけど、それもいつ気が変わるか分からない。もしシルバさんがイルミ側に回って手を貸すようなことになったら一巻の終わりだ。そうなる前に早く何とかしないと……。
そうやって気ばかりが急いて、実際のところ何の手立ても見つけられていないのが現状だった。もう一度シルバさんのところに行って説得したい気持ちもあるが、あの日以来執事の監視の目が厳しくなったためそれも難しい。イルミの言いつけを破って会いに行ったと知られれば今度こそタダじゃ済まないだろう。
誰かに協力を求めるどころか、迂闊に部屋を出ることすらできなくなった私は、為す術もなく時間を過ごすしかなかった。
「はぁ……」
すっかり定位置と化したベッドの上に寝転がり、ため息を漏らす。時間を持て余しているせいで物思いに耽る回数が増えた気がする。
繰り返し脳裏に浮かぶのは、あの日の出来事。
――あの日のイルミは、おかしなところだらけだった。
向けられる眼差しも、言動も、これまで私にしてきた仕打ちを考えるとまったくイルミらしくないものばかりで。イルミ自身もそんな己の変化を持て余しているように見えた。
『ナマエは何も分かっていない』
あの日に言い放たれた言葉とともに触れられた感触も蘇って、私は思わず頬を擦っていた。まるで小鳥でも撫でるような優しい手つきを思い出すたびに、心臓がむやみに騒いで落ち着かなくなる。
(ここ最近イルミのことばかり考えてる気がする)
一刻も早くこの家を出る手段を考えなきゃいけないのに、いまいち集中できない。意識はすぐにイルミのほうへ逸れてしまう。そんな自分に驚き、疑問を抱く。以前の私もこうだっただろうか。もっとがむしゃらにこの家から出ようとしてはいなかっただろうか……。
仰向けになって天井をぼうっと眺める。頭の芯がぼやけるような奇妙な感覚がした。
(――まただ。居心地が悪いこの感覚)
ゾルディック家に連れ戻されてから何度も味わっている不快感が再び私を襲う。
きっと、変化しているのはイルミだけじゃない。私の中の何かも、じわじわと侵食され始めている。
このままここにいたら、取り返しのつかないところまで心が変質してしまうかもれない。
いつか私という存在が呑み込まれ、この家の一部となる。そう考えると心底ゾッとした。
(それだけはいやだ!)
あわててベッドから体を起こし、ぶんぶんと首を横に降った。頭にかかった靄を振り払うように。
(しっかりしろ、私。これじゃイルミの思うつぼだ。今は家を出ることだけに集中しろ、余計なことを考えるな!)
心の中で懸命に繰り返す。そうしないと、恐ろしい何かに捕まってしまう気がした。
「このままじゃダメだ。何か行動を起こさないと……」
やっぱりもう一度シルバさんのところに行ってみようか。それともいっそキキョウさんに協力を求めるか。彼女がこの結婚に全面的に反対していることは間違いない。無事でいられる気がしないけど、危険を冒してでも交渉してみる価値はある。
つらつらとそんな考えをこねくり回している時だった。
――トントン、と外から扉が叩かれた。
(きた……)
ごくりと唾を飲み込む。
「ナマエ、いる?」
扉越しに聞こえてきた声に、全身に緊張が走る。それは危機に直面した際に抱くものとは少し異なる。これから自分の身に起きる得体の知れない感覚への恐怖からくるものだった。
「入るよ」
こちらの返事を待たずして扉が開かれる。そして、私を悩ませる元凶が姿をあらわした。