孤独の呼吸音




 鋼鉄の扉は訪ねてくる人間を威圧するように存在する。高さ三メートルほどの扉を見上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。
 この場所を訪れるのは、初めてシルバさんに家を出たいと伝えたとき以来だった。

(あの時は勇気が出なくてなかなか部屋に入れなかったっけ)

 つい先日の出来事なのに遠い昔のように感じてしまう。あの時とはまるで状況が変わってしまった。今の状況を打開するためには躊躇なんてしていられない。
 覚悟を決めて、ドアハンドルに手をかけた。


 押し開けた扉の向こう側。物々しい空気に満ちた部屋にシルバさんはいた。入口の正面にある長椅子、乱雑に積まれたクッションの上で片足を立てて座っている。

(よかった、シルバさんひとりだ)

 そのことに安堵しつつ、前に進み出る。近づくほどにシルバさんの気迫というか、オーラのすごさを感じ取れる。例えるなら熱気にあてられるような感じである。実際に温度を感じるわけではないが臆さずにはいられない。
 勇気をふりしぼるようにして、シルバさんの前まで進んだ。

「来たか」

 重苦しい空気を払拭してシルバさんが穏やかに言う。まるで私が来ることが分かっていたかのような口ぶりだった。
 
「体はもういいのか?」
「はい」
「そうか。よく戻ってきてくれた」
「自分の意思で戻って来たわけじゃないですけど……」

 じっとりとした目でそう返すと、はははとシルバさんが目尻に皺を作って笑った。
 シルバさんの気安い態度に私はひそかにほっとしていた。キキョウさん程ではなくとも敵意を向けられるのではないかと不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 しかし油断はできない。先日の話し合いの際、シルバさんは「頭を冷やせ」とイルミを窘めていた。つまりシルバさんもこの結婚には反対しているということだ。おそらく私の存在も忌々しく思っているだろう。家の秩序を乱す不穏分子だと。

(ちゃんと私の意思を示さないと)

 小刻みに震える指先をぎゅっと握り込む。そして硬い口調で切り出した。

「シルバさんにお願いがあります」
「なんだ?」
「どうかイルミの暴走を止めてください」

 暴走というあえて過激な言い回しを選んだのは、イルミの行動を私がどう捉えているかを示唆するためだ。
 シルバさんは表情を変えず、視線で先を促した。

「私はイルミと結婚するつもりはありません。私の望みはこの家を出ること、ただそれだけです」

 心からの言葉のはずなのに、まるで自分に言い聞かせているように感じるのはどうしてだろう。
 すぐさまその不可解な感覚を振り払い、切々と続ける。

「でも、イルミは私がこの家から出ることを許しません。きっとどんな手を使ってでも縛り付けようとするはずです。……ゾルディック家に何の利益ももたらさない私を」
 
 シルバさんは口の端をゆがめて、どこか面白がるような表情を見せた。しかし向けられる眼差しには相手を見定めようとする鋭さがあった。

『別にナマエを監視下に置けるなら手段は問わないよ。例えば、そう……死ぬまで地下牢に閉じ込めるとかね』

 連れ戻された最初の日にイルミから言われたことが脳裏に浮かぶ。
 どんな形であれ、私がこの家に居ることは家族内の混乱を招く要因になるだろう。最悪の場合、家庭内司令に発展する恐れもある。それはシルバさんの本意ではないはずだ。

「私はこの家を出て、外の世界で生きていきたいんです。だから……どうか、イルミの血迷った行動を止めてください」

 言いながら深々と頭を下げる。

 私たちの利害は一致しているはずだ。きっと悪いようにはされないだろう。あわよくばイルミから逃げる手助けをしてくれるんじゃないかと希望的観測すら抱いていた。

 しかし、シルバさんから返ってきた答えは予想とかけ離れたものだった。


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