瞳は冷徹、微笑みは残虐




 思考にへばりつくイルミの影を振り払うように勢い良く頭を上げる。そうしてもう一度、今度は丁寧に頭を下げた。

「拾ってもらった身でワガママを言ってすみません」
「気にするな。ナマエにはずいぶんと負担をかけたからな。だが、まあ寂しくなるな」
「え?」

 いま、なんと?

「さ、寂しいって」
「家族同然に過ごしてきたんだ。当然だろう」
「私にはそんな風に言ってもらう価値なんて……」

 あまりに衝撃すぎて上手く受け止められず、つい自分を貶めるような返しが口をついた。

「なんだ随分と謙遜するな。必要だったさ、お前は」
「あ、りがとうございます……」

 必要。そこには決して穏やかではない意味合いも含まれているんだろう。でも、そう言ってもらえるだけで十分だ。散々邪魔者扱いされてきた私にとっては、震えるくらい嬉しい言葉だった。

 家を出る事を許されただけではなく、こんなに有難い言葉まで掛けてもらえた。これ以上言うことなんてない。あとは、お世話になりましたと頭を下げるだけでいい。
 ――そう頭では分かっているのに、どうしても体が動かなかった。さっきから慣れ親しんだ銀髪が何度も何度も脳裏にちらついて、余計な言葉が喉元までせりあがってくるのを感じる。

 此の期に及んで、まだ何か言おうとしている自分に心底呆れた。どうして黙っていられないんだろう。生き残るための術は散々身につけてきた筈なのに、いまいちTPOを弁えられない。『この命知らず』と皮肉たっぷりのミルキの声が聞こえてくるようだ。
 でも、ここで大人しく引き下がれるような性格だったら最初から苦労なんてしていない。
 諦観めいた覚悟を胸に、無謀な口を開いた。

「もうひとつだけ、シルバさんにお願いしたいことがあるんです」
「なんだ」
「キルアのことです」

 その名を出した途端、シルバさんの纏うオーラに気迫が増すのが分かった。

「この先、キルアがこの家を出て行こうとしたら……止めないであげてください」
「ほう?」

 ギラついた光を宿した瞳に怯みそうになるが、逸らさずに見返した。

「キルがこの家を出る可能性があると?」
「それは……分かりません。でも、もしそうなったとしてもキルアの意思を奪うような事はして欲しくないんです」

 身勝手な言い分だ。家族でもない、それどころかこの家を出ようとしている人間が口出ししていい話ではない。それでも、言わずにはいられなかった。

「そう言われてもな。キルは一家の跡取りだ。みすみす手放すわけにはいかない」
「それは分かってます。キルアがこの家にとってどれだけ大切な存在か、キルア自身も重々分かってるはずです。……この家からは、逃げられないってことも」

 初めてこの家に来た時から漠然と感じている絶対的なもの。それは、長い長いゾルディック家の歴史が築き上げてきた呪いのようなものだと思っている。そんなものから逃れられる筈がない。家督を継ぐ証である銀髪をもったキルアなら、尚更。

「だからこそ反発する時がきっと来ます。その時は、少しの間だけでも自由にしてあげてください」

 避けられない運命ならば、せめてひとときの休息を与えて欲しい。懇願めいた口調で言い切り、深く頭を下げた。
 とんでもなく烏滸がましい発言なのは分っている。いよいよふざけるなと跳ね除けられる事を覚悟したが、返ってきたのは豪快な笑い声だった。

「ははは! 本当に面白いことを言い出すな、お前は!」

 いつもの冷静沈着な姿とはかけ離れた爆笑っぷりに呆気にとられた。

「あのイルミを振り回すだけのことはある。あいつが気に入る理由もわかるな」
「きっ、気に入っ……!?」

 何を言ってるんだこの人は!
 全力で異議を唱えたくなるが、笑い混じりの声で軽くかわされた。

「お前の言い分は分かった。まあ、出来る限り汲んでやろう。」
「本当ですか!」
「ああ、イルミにも忠告しておく。心配するな」
「っ、ありがとうございます……!」

 私が何よりも危惧していたところを的確に汲み取ってもらえた。やっぱり、シルバさんは話が通じる人だ。こんな口約束を守ってもらえる確証なんてないけれど、今は信じるしかない。

「俺としてはキルがナマエに着いて行かないか心配だがな」
「いやー、それはないと思います。私いまキルアのこと滅茶苦茶怒らせちゃってますし」
「そうなのか」
「はい。早く仲直りしたいんですけど口をきいてもらえなくて……」

 落ち込む私をみて、シルバさんは考え込むようにあごに手をやった。

「ナマエ、すぐにでも家を出るつもりなのか?」
「へ? あ、いやそんなすぐにってわけじゃ……まだ何も決まってないのでもう少し時間を頂けると……」
「そうか。なら、最後にひとつ頼まれごとをしてくれないか」
「……なんですか?」
「そんな身構えるなよ。たいしたことじゃない」

 こちらの動揺を見透かすように、シルバさんは人の悪い笑みを浮かべた。

「そろそろキルを天空闘技場に行かせようと思っていてな。それに着いて行ってもらいたい」
「はぁ」

 天空闘技場か。懐かしい。確か八歳くらいのときにイルミとミルキと一緒にぶちこまれたんだっけ。

(いや、待てよ? いくらキルアと言えども200階クラスまでいくには相当かかるんじゃないか?)

「あの、それっていつまでですか?」
「そうだな……200階クラスまでは数年かかるだろうから、100階クラスまでついていてもらえればいい。 まあ長くても一週間くらいだろう」
「あー、なるほど」

 200階までと言われたら即断るつもりだったけどそれくらいの期間なら問題ない。家を出る前にキルアと仲直りするいいチャンスかもしれない。

「ナマエが良ければ最後に頼まれてくれないか」
「はい。ぜひ」

 了承すると「決まりだな」とシルバさんは笑った。

「詳しい話は執事から伝えさせる」
「分かりました。精一杯努めさせて頂きます」
「ああ。よろしく頼む」
「はい。あの、本当に色々ありがとうございました」
「大したことはしていない。それより、家を出る前にもう一度顔を見せに来てくれないか」
「はっ、はい! それはもちろん!」
「待っている」

 最後にもう一度、ふかぶかとお辞儀をして踵を返した。

 結局、シルバさんは私の申し出を全て受け入れてくれた。もっと早くこうして話していれば何か変わっていたのかとしれない。そう考えて後悔しかけたが、すぐにどうでもよくなった。今は、これまでにない充足感と未来への展望で胸がいっぱいだった。

「あぁ、そうだナマエ」

 開け放たれた扉の外まで足を踏み出したとき。ふと思い出したかのように呼び止められた。
 振り返ると、そこには意味ありげに唇を釣り上げたシルバさんの姿。それを目にした瞬間、不穏なざわめきが全身を襲った。

「ちなみにその仕事、同行者をもう一人つけることになっている」
「へ? あ、そうなんですか」
「あぁ。イルミが同行する」

 いるみがどうこうする

 ……イルミが、同行する?

 理解した瞬間、ざあっと全身の血の気が引いていった。

「いっ、いや! いやいやいや! それは話が変わります!」
「よろしく頼むな」

 無情にも閉ざされた扉によって、こちらの抗議は丸ごと無視された。

「イルミと、一週間も……?」

 思わず、その場にへたり込んでしまう。
 あのイルミと一週間。何より最悪なのがキルアも一緒だという点だ。キルアのことになると豹変するイルミと共に一週間も外で過ごすなんて、命がいくつあっても足りるわけがない!

「最後の最後に、なんつー爆弾を落としてくれるんだ……」

 力のないつぶやきは、誰の耳に届くことなく冷えた廊下の空気に溶けていった。


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