告白
書庫から追い出され、地に足が着いていない状態のままふらふら彷徨っているうちに、気づけば本邸へと戻ってきていた。
「どうしよう」
目の前には複雑な彫刻が施された鉄製の扉。私の背丈の倍以上あるそれは、シルバさんの私室につながる入り口だった。開いた先には同じような扉がいくつも続いていて、全てを抜けた先にシルバさんの部屋がある。
その最初の扉の前で、かれこれ数十分は立ち尽くしていた。
勢いでここまで来ちゃったけど、正直死ぬほど行きたくない。
シルバさんと顔を合わせるだけでも負担なのに家を出たいと申し出るなんて。完全に私のキャパシティを超えている。
「やっぱり今日じゃなくてもいいかな……」
そもそも今日はゆっくり趣味の時間を楽しむ予定だったんだ。ミルキに言われるままこんなところまで来てしまったけど、別にそんなに急ぐ必要はないだろう。こういう一大イベントはもう少し心の準備をしてからの方がいい気がする。勢いで行動するのは良くないって言うし。
頭の中で行かない理由がどんどん浮かんできてしまって、ますます足が重くなった。
(うん。今日じゃなくていい。また後日改めて出直そう)
いよいよ引き返す判断を下して踵を返しかけたとき。不意にミルキの言葉が脳裏に甦った。
『出て行きたいなら出て行けばいい。ナマエ1人がこの家から出ていこうが誰も気にしない。』
吐き捨てるように言われたその言葉は、私にとってはまさに青天の霹靂だった。
だって、この家から出る事が許されるなんてこの十年で一度も考えつきもしなかったから。
(この家から出て、自由にすごせるかもしれない)
そう思うと、居ても立っても居られなくなった。
ミルキが言っていた事が正しいのか。本当にこの家を出ていくことを簡単に許されるのか。
そのことを確かめておきたい気持ちがむくむくと顔を擡げ、二の足を踏む私の背を力強く押した。
「……行くか」
今日すべてをはっきりさせてしまおう。
なけなしの勇気を振り絞って、最初の扉に手をかけた。
扉を抜けた先。広く冷たいその空間は、およそ人が生活しているとは思えないほど殺伐としていた。部屋全体が他者の侵入を許さない厳格な空気に満ちている。
その中心に、シルバさんが鎮座していた。その佇まいたるや、まさに王者の風格だった。
「ナマエがここにくるなんて珍しいな」
威厳のある低い声に、全身が強張った。
口調は穏やかなのに、どうしても萎縮してしまう。やっぱりシルバさんっておっかない。
「すみません、突然押しかけてしまって」
「かまわないさ。俺に用があるんだろう」
「あ、はい。そうなんですけど……」
「どうした」
問いかけるシルバさんは至って普通の態度だ。殺意など微塵も感じない。なのにこんなにも恐ろしいとは感じてしまうのは、やはり十年前のあの日を思い出してしまうからだろうか。
やっぱりやめておけばよかったと後悔する。でも、もう引き返すことなんて出来ない。
シルバさんと出会った日。高層ビルから飛び降りるために振り絞った勇気を思い出しながら、意を決して口を開いた。
「私、この家を出ようと思うんです」
口に出した言葉と一緒に心臓も出てきてしまいそうだった。極度の緊張のせいでさっきから冷や汗が止まらない。
「ほう?」
数歩先の銀色の瞳が少しだけ見開かれる。驚くというよりは、興味深そうな反応に見えた。
「とうとうイルミに耐えられなくなったか」
「そういうわけじゃ……いや、それに関しては大いに迷惑してる部分ではあるんですけども!」
シルバさんとは異なる真っ黒な瞳が頭に浮かんで、必死に振り払った。今はイルミのことを思い出してる場合じゃない。
「この家が嫌になったとかじゃないんです。ただキルアの仕事に同行していろんな街に行くうちに外に興味が出てきて……それで、好きなところで暮らしてみたいなって思って……」
本心のはずなのに、なんだか言葉が上滑りしている気がしてならない。
改めて言葉にすると、なんてふわふわした理由だろう。無性に居た堪れなくなって俯いた。シルバさんの反応が恐ろしくて仕方ない。
「……」
俯いたまま様子を盗み見れば、顎に手をかけて何かを考え込んでいるようだった。
(お願いだから早く何か言ってください!)
おそら三十秒も経っていないだろう。それでも沈黙に呼吸が止まりそうになっていると、漸くシルバさんが口を開いた。