微睡みは明けて
どれくらい時間が経っただろうか。
朦朧とした意識の中、重い瞼を持ち上げる。
ぼんやりとした視界でまず認識できたのは、試験管の破片だった。イルミが投げ捨て粉々に砕けたそれが、石造りの地面に散らばっている。少し離れた場所には、血液が付着した鞭が無造作に転がっていた。
意識を手放す前とまったく同じ光景に、自分の状況が何も変わっていないことを悟った。
(いま何時だろう)
陽の光が届かない地下牢では、今が昼なのか夜なのかさっぱりわからなかった。
「いったぁ……」
身動きすると体の節々がズキンズキンと痛んだ。その痛みで、イルミから薬を盛られていたことを思い出す。
まだ毒が抜け切れていないんだろう。全身くまなく痺れが残り、動かそうとすると鈍い痛みが走る。正常には程遠い状態だ。それでも、気を失う前よりかは全然マシだけど。
ためしに拳を握りこんでみると手の甲にビリビリとした痛みが走った。うん、だいぶ感覚が戻ってる。毒の抜け具合から言って5、6時間ってところか。イルミに連行されたのが昼過ぎだったから、今は夜が更けた頃だろう。
(なんだか、ずいぶん懐かしい夢を見てた気がする)
ミルキに叩き起こされてからは、浅い眠りの淵を彷徨うような感覚が随分と長く続いていた。そんな朦朧とした意識の中で、この家に来てからの思い出が走馬灯のように頭を巡っていたのだ。……特に、イルミとのろくでもない思い出が頻繁に出てきた気がする。夢の中でも私を追い詰めるのかあの男は。
「はぁ」
夢見は悪いし、毒は残ってるし、折られた肋骨は痛いし、もう色々と最悪だ。早くベッドで横になりたい。
「よし、外そう」
今なら拘束具も外せるだろう。いつまでもこんな湿っぽい地下室で拘束されておく謂れはない。
両手両足に括り付けられた拘束具を順番に外していく算段を取りつつ、力を込めた瞬間だった。
「げ」
ほんの僅かではあったが、地面が揺れる気配がした。おそらく、人の足音だろう。イルミが戻ってきたのだろうか。
途端に緊張感が蘇る。まだ甚振り足りないってかあの鬼畜野郎。
「まずいな」
正直、今また拷問されたらシャレにならない。軽く殴られただけでも死ねる気がする。
(どうしよう、どうしたらいい)
頭をフル回転させたけど、なにひとついい案は思い浮かばなかった。逃げ出そうにも出入口はひとつしかないし、今から逃げたところで途中で鉢会うのがオチだ。それどころか逃げ出した罰としてもっと酷い目に合ってもおかしくない。だったらせめてこの場でおとなしくしていた方が被害が少なくて済むだろう。
(ああ、どうか奴の機嫌が悪くありませんように……)
固唾を飲んで、出口を凝視する。徐々に近づく気配に覚悟を決めていると、見慣れた銀髪がひょっこりと姿を現した。