番外編「橙色の髪の義妹メリナ」 抜粋

 クヌート・クライネルトが嫌いだった。
 粗野な言動も、身の丈に合わない正義感や勇敢さも、能力もないのに理想を口にする姿も大っ嫌いだ。何も持たない自分を見せつけられるようで、気に入らない。
 目障りだと何度告げても、ルイ兄さまの周囲から消えない。
 傷ついたように瞳を揺らしても、ルイ兄さまと距離を取らない愚か者。
 自分も同じだと自覚があるので息苦しい。

 この国は赤よりも青が尊ばれる。

 とくにアイスブルーの色彩は王族の身体的特徴の一つだ。
 透明感のある落ち着いたアイスブルー。ルイ兄さまの色。
 髪の色が恥ずかしくて短く切って、大きめの帽子をかぶる。
 そんな自分がルイ兄さまの隣に立つことが、惨めだった。
 矮小の自分と父親がたまたま同じであってくれただけの他人なのだと思い知らされる。ルイ兄さまにとって腹違いの妹にあたる人間はいくらでもいる。それが悔しくて、虚勢を張って、周りを威圧する。

 やっていることがクヌート・クライネルトと同じだと目をそらしても自覚してしまう。
 アレよりもマシだと、思いたくて、出来なくて、尖った言葉をぶつけて逃げる。
 弱い相手をやりこめることで、強くなった気になる。


◆◆◆◇◇◇


 独立学園での夜は早い。
 部活や生徒会などの活動をしていたら寮に帰ったらすぐ夕食だ。そして、夕食を摂ったらすぐに就寝を言い渡される。例外はない。

この独立学園で学生たちは身分を忘れ、ただの一個人として生活をする。
各王家が資金を出し合い設立した王族に連なる人間たちが通うこの学園は、国と国との軋轢はもちろん、個人同士の争いもご法度だ。それを破れば生徒同士の自治組織である風紀委員会が動かなければならない。

 メリナの兄であるルイは今期の風紀委員長という名誉な役職を持っている。メリナも風紀委員になりたかったが、性別が邪魔をした。

 風紀委員にも女性はいるが、メリナは適性がないとして外された。
権力をかさに着ることなく上の指示に従って動くのは、性格上、メリナには難しかった。代わりのように生徒会の末席に参加できたので、ルイと比べて恥ずかしいということはない。





◇◇◇



 懲罰室というのは生徒たちの間で囁かれる風紀委員会の「特別室」の俗称のひとつだ。その年によって、反省室や懺悔室や独房といったように名前は変わる。
 正式名称は「特別室」というあいまいなものだ。
学園内にいくつもある「多目的室」と同じかもしれない。
どんなことに使ってもいい。使用するための申請さえ出せば、多目的室の使用に制限はない。同じように風紀委員会が管理する特別室も懲罰や反省や懺悔に使っても、構わない。
独房として使えるように布団も用意されている。

「クヌート、勇者が好んでいたタタミとフトンだよ?」
「俺のために用意したとか抜かしたら蹴り飛ばすぞ」

 普通にしていても目つきが悪いクヌートは目を吊り上げる。
ルイからするとそんな感情的な姿を見せるクヌートが愛おしくてたまらない。
今回は一人の少女が複数の男から襲われそうになっていた。
それにいち早く気付いたクヌートが少女を守ったのだが、状況を理解していない少女からするとクヌートこそが暴漢に見える。
無抵抗な男たちを殴りつけて息を切らせるクヌートは、通り魔的に人々に喧嘩を売る狂人に見えなくもない。
目つき以上に刺々しいオーラが人を警戒させる。
このままではいけないとルイが思うのも仕方がないことだ。
善意の塊でしかない幼なじみが誤解され、嫌われるのは悲しいことだ。
人に嫌われたいと思うようなクヌートではない。

むしろ、他人から愛され、認められたいと思っているはずだ。

勇者に固執するのも人の目を気にしているからこそだろう。
それなら、それ相応の立ち振る舞いを教えてあげなければいけない。
自分がクヌートのためにできることは、なんだってしたいとルイは考えていた。
ルイが愛用する特別室は懲罰室の名にふさわしい空間だ。
窓がなく、狭い場所は外から持ち込まなければ明かりもない。
畳のおかげで冷たさが緩和しているが、以前までは床に直接座るしかなかった。
大抵のものは、反省よりも体調を崩すだけの部屋。
入学して早々、ルイは先輩や同級生たちから生徒会役員になるか、風紀委員になるかをたずねられた。
ルイの能力を考えて、責任のある役職に就かせるべきだと判断されていたのだろう。
ルイはいるだけで抑止力になる。
そして、学園でするべきことは青春ではなく、抑止力として自分の能力を他国の重鎮を担うことになる彼らに見せることだ。

課外学習として、困っている村人たちの悩みを解消する手伝いをするというものがある。
これは人間的な魅力を向上させたり、人格の矯正が目的かもしれないが、他国へのアピールでもある。
身分の違う相手への対応で次代を担う者たちの底が知れる。
委員会や部活動も成績そのものが問題ではなく、生活態度や日々のありかたこそが見られて、評価される。

クヌートはその点とても厳しい立場にあった。
入学初日に遅刻をして、風紀に連行された。
入学前日に先輩と揉め事を起こしたとも聞いている。
 風紀委員会の先輩たちからの心証は最悪だ。
 クヌート自身が自分が怒られている理由などを正確に把握できていないため、聞き込みも難航してしまうらしい。
 そんなことを聞いてしまったせいで、迷うことなくルイは風紀委員となった。そして、風紀委員長として全権を握り、校内の空気を支配する。他人に花を持たせつつ、自分の評価を下げないよう動く。

ルイは学園に鳥籠を作り上げた。
クヌートのための鳥籠。
クヌートと過ごすための鳥籠。
クヌートの世話をするための鳥籠。
クヌートを快適に過ごさせるための鳥籠。
同じようで違った意味の鳥籠だ。
クヌートが気付いて逃げ出したところで、逃げ出した先にも鳥籠がある。
より大きな鳥籠に囚われるだけかもしれない。

鳥籠の中にいることに気づかないのが一番幸せなことだ。
ルイはそう考えていた。
薄汚い世界を説明する言葉でクヌートの耳を汚す必要はない。
ルイにはこの世界の行く末よりも大切なものがあった。





「クヌートはこれから俺にどうされたい?」
「……どうって、なんだよ」
「聞き方が悪かった。どんなお仕置きがあると思う?」

クヌートの揉め事の半分以上が勘違いであり、本人の説明不足と周りの思いやりのなさからトラブルメイカーあつかいされている。
何をやってもうまくいかず、空回る現状にクヌート自身も諦めきっている。
風紀委員長であるルイが懲罰室に連れて行って、直々に罰を与えているという事実がなければ、許されない。

微笑むルイにクヌートは嫌そうな顔で「俺に選ばせようとするなんて、性格わりぃんだよ」とつぶやいた。

クヌートに逃亡の意思も反抗の気配もない。
カンナに馬鹿にされたような態度をとられても少しの反応も見せなかった。その理由は簡単だ。
クヌートはルイに罰を与えられることを嫌がっていない。
懲罰室に来ることを拒んではいない。
口では憎まれ口を叩くものの、表情がこれから罰を受けるものとは思えない浮つきようだ。

自分に起こることがなんであるのか、クヌートは経験から知っている。
だからこそ、善意を誤解された悲しさや悔しさもなく、懲罰室が嫌いではない。

ルイに首筋を撫でられる。
敏感になっているのか、思った以上に肩が跳ねた。
クヌートの体を敏感にさせているのは恐れではない、期待だ。
これから、起こることにクヌートは間違いなく期待していた。
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