▽あの子を探しています






「探してもらいたい人がいる」


団長が直々に頼み事をするなんて珍しい。
それも他の団員ではなく自分を選ぶなんて初めてだったから、どんな内容なのかと会いに来てみれば冒頭の台詞。

その言葉に元恋人の姿が脳裏を過った。


無垢な少女の皮を被った、狡猾な捕食者。

無害そうな笑みを携え、油断した獲物を容赦なく食らい尽くす獣。
ナマエに捕らわれた人間は、肉体的にも精神的にも、二度と脱け出せない恐怖と、狂おしいほどの快楽を味わうことになる。自分もまた、身を以てその脅威を知った被害者の一人なのだ。

今回は互いに同意の上だったからよかったものの、何も知らなかったあの頃の混乱と恐怖は忘れられない。食べるつもりが食べられたんだから。


一昨日、そんなナマエと久し振りの再会をはたした。
避けるように逃げたボクに、あの人は何も変わらず……ただ、もう恋人同士には戻れないのだろうと漠然と悟ったくらいで。

気絶するように眠って、目覚めたらあの人は既にどこにもいなかった。
ベッドのサイドテーブルに置かれたミネラルウォーターとサンドイッチ、電話番号が書かれたメモ。それらを見てあの人はまた何処かへ消えてしまったのだと知った。
探したところで見つかりはしないだろう。あの人は求める人の前には決して現れない。



「恐らく40代の女性、20年近く前に流星街で世話になった人だ。あの場所では先生と呼ばれている」

「へぇ、20年前…」



それだけ昔のことならナマエじゃないか。
あの人はせいぜい20代前半ってとこだし。



「……」


「………」


「………………」



「……え、他には?」




探し人がナマエでなかったことに安堵して話の続きを待ったが、いつまで経っても相手の特徴が出てこない。

クロロは苦々しい表情で視線を逸らした。



思わず顔が引きつる。まさか、




「性別と年代だけで探せってのは少し無茶じゃないかな◆ 名前くらい知らないのかい?」


「…………」


「流星街にいたなら住人の誰かは名前を知ってるだろう?」


「………誰も知らなかったからお手上げなんだ」



そんな馬鹿な。


いくらなんでもこんな少ないヒントで一個人を探せと言うのか。
20年前の知り合いなど今では見た目も変わってしまっているだろうに、況してや元流星街の住人なんて名前がわかってたってそう簡単には見つからない。

誰だって無理だとわかる筈なのに、頭のきれるこの男がこんな無謀な依頼を出すなんて信じられなかった。
海底から1つの貝を探せと言っているようなものじゃないか。女なんて世界人口の半数がそうだ。化粧や顔立ちにより正確な年齢など見分けが付かないだろうに。



「その人は一体何者なんだい? 20年近く経ってから性別しかわからないような相手に何の用があって…」

「………」


「…団長との関係は?」

「………………」


「……はぁ、だんまりは困るんだけど…◇ そんなに教えたくないならボクなんか頼らなきゃ、」


「違う。教えたくないのではない……答えが見つからないんだ」



オレと彼女の関係も、先生と生徒というのが正しいのか…しかし何の教えも受ける必要がなくなった今、彼女を先生と呼ぶのは間違いだろう。そもそも何故こうまでして彼女を探しているのかもわからないんだ。
長年忘れていた存在を今になって、いいや、オレはあの人を忘れたことなどなかった。意図的に思い出さないよう記憶の奥底に封じ込めていたんだ。
彼女に、先生にとってオレはただの教え子だったから、それでも構わないと諦めていたのに…あの人が消えたと聞いて、オレが先生の側にいれば、オレは、




……あぁ、なるほど。


半ば一人言のように支離滅裂な自問自答を繰り広げるこの人は、恐らくその先生とやらを少なからず特別に想っているようだ。
誰かを恋慕うような、人間らしい感情を目の前の男が持っていたとは驚いた。それに初恋(多分)の相手を20年近く忘れられないなんて……案外そっち方面に関しては初なところもあるらしい。自分の感情にも気づいてないみたいだし。


初恋は実らない……ってのは教えない方がいいかな。
面白そうだし暫く黙っていよう。



「わかった◇ ボクもボクで探してみるよ★」



団長の想い人。

もし見つけられたなら、うまく利用できるかもしれない。
確かイルミの母親が流星街出身だったようだし、何か知ってるかな?


それにしても、何も知らない、探しても見つからない想い人……か。



「人から隠れてるの。探されると逃げたくなるのよ私」



ボク達みたいな人間が好きになる相手は、どうしてこうも厄介なんだろう。


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