★オバケコウモリは昇悪魔の夢を見るか? 上

・『オバケコウモリは昇悪魔の夢を見るか?』サンプル 上編(全3編)
・デリック×日々也中心。
・エクソシスト静雄とヴァンパイア臨也の世界観の近代ヨーロッパ。
・日々也がヴァンパイアの幼体のオバケコウモリなパラレル。


【1】

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今宵のお話は、あるコウモリのお話。生を受けた境遇から逃れ、真実の愛を探す。これ程までに欲に従順なことはないだろうね。
人の心の闇を嘯く悪魔。そんな欲深な悪魔とは、本当に邪な生き物なのだろうか?
お話の、はじまりはじまり。



この町に、度々訪れる赤い月の晩。災厄の如く光る星に照らされて、ひとつの物影が動いている。フクロウの羽ばたきを起こす、その人影は、人のようで、人ではない。その者は散歩をするように浮遊を続けている。小さな風圧と、緩やかな影の蠢き。肩に留まる小さな塊。人間の世界とは、斯くも簡単に妖を招き入れる。
喪を纏う異形は、小さな生き物たちに語りかけた。

「ご覧、これが人の町だよ」

それぞれが身を乗り出して、眼下に広がる家々を見る。翼を持たない人間には想像出来ないが、彼らからすると人間はちっぽけなのだそうだ。三つは、次々に声をあげる。

「これが俺たちのごはん?」
「みてみて!すっごくちっちゃいおうちにすんでるよ!」
「わあ、お兄様、押さないで下さい!」

そのうちのひとつが、じたばたと動くのでその隣に居た個体は振り落とされないように亜人の右肩にしがみ付いている。振動に顔を顰めるその姿はコウモリの羽を生やした人であるとでも言えば近いのだろうか。中性的に見えるので、便宜上彼とする。彼は、ヴァンパイアだ。
ヴァンパイア。人の生き血を吸う者。邪眼を光らし夜の街を飛び、彷徨う人間に口付けのように牙を突き立てる悪魔。
彼は、両肩で騒ぐひよこのような子らを制し、始めの質問に答える。

「主食であり、葡萄酒でもあると言えるかな。人の生き血は美味しいけれど、保有する個体によって味の濃度も甘みも違うから」
「あまいの?」

返すのは、右肩から。小さくて妖精のように見えるが、背からは黒くて棘の形をした羽が生えている。列記とした悪魔の幼体、オバケコウモリ。その個体の一が問うた。

「あまいの!さいけあまいのだいすき!」

ヴァンパイアは答える。

「都合良く甘い血が飲めるように勉強して、練習しなくちゃね」

甘い血とは、女の血であるとは限らない。老若男女問わず生命力の高い人間の血は甘美であるだけだ。その所有者を見極めること程、彼らにとって大切なことはない。狩りの教訓である。

「例えば?」

一部を朱く縁取られた黒衣を着たオバケコウモリは、早速その方法を学ぼうと例を訊く。

「うーん、そうだねえ、まずはあれで試してみようか」

足元より遥か下の世界で、一同は人間が森に消えて行くのを見た。
森に入って行った少年。左手にはランタン、右手には鳥籠。昼間、逃げ出してしまった小鳥を探していた。木々の上、草原の中、視点をあちらこちらに変える彼に、彼らの姿は視界に入らない。写ってしまった時にはもう遅い。少年は、前方に光る赤い二つの視線を見ると縮み上がった。突然の未確認飛行物体に、少年は叫びながら逃げ出した。

「で、出たーっ!」

もたつきながら背を向けて来た道を戻って行く様子に、ヴァンパイアとオバケコウモリたちは飽きれてしまった。

「悪魔なんだけどなあ……」
「さいけ、おばけじゃないよー。おばけこうもりだよー」
「オバケのスペルが入っていますよ、お兄様」

吸血鬼は弟妹たちが何か言っているのを尻目に、翼を畳む。

「イザヤ、追いかけなくていいの?」

咎めるような言い草だ。その目は追えと言っている。しかし、彼は気乗りがしなかった。少年の顔立ちを見て、もしかしたら、という可能性を頭から追い出せなかったからである。

「追いかけたいの?」
「あいつで試すって言っただろ」
「それもそうだ」

前言撤回を許さぬ一番上の弟妹に煽られて、彼は翼を広げると、少年に追いつこうと一気に滑空した。そして彼はすぐに、浮き上がることになった。彼の体の真横で、銀色が突き抜けて行った。

「それ見たことか!」

ヴァンパイアは肩を竦めると、弟妹はムッとした顔で、此方を見上げている少年を見た。正確には、少年とその隣にいた青年を。凶暴な鬼の目をして、ヴァンパイアを睨む青年の手には、先程彼を目掛けて投げた鉄槍とは別の新たな武器が握られていた。彼こそが、このヴァンパイアを滅せんとする祓魔師である。
ヴァンパイアは足を組む。

「やあ、シズちゃん。君にもう一人協力者が居たなんて知らなかったよ。隠し子?神に仕えてる身なのに、良いのかなあ?」
「良いも悪いも、悪魔が人間を決めようなんて烏滸がましい。あとこいつは俺の弟だ」

青年は、青年の後ろに隠れて恐る恐る敵の姿を確認している少年を邪魔だと、しっしっ、と追いやった。ヴァンパイアは大袈裟に身振り手振りをして語る。

「やだやだ、真偽は取れないから……仮にも身内をそんな風に扱っちゃうなんて。それに比べて俺は優しいよねぇ、弟妹たちのためにひと肌脱いであげようって言うんだから。人肌?あれ、悪魔肌?吸血鬼肌?あっ、シズちゃんは知らないと思うけど、俺毎日どんだけスキンケアに時間かかってるか知ってる?だからあんまり傷付けないで欲しいから、さっさと死んでくれないかな?」
「あー、悪ぃけど、『やだ』から話聞いてねえわ。とにかく、手前はとっとと死ね!」
「人……じゃなかった、悪魔の話を聞けー!」

ヴァンパイアは何処に隠していたのだろうか、妖力で浮いた数百本のナイフを一斉に投げ付けた。銀の雨が降り注いだかと思えば、ひい、と喚く少年が逃げ惑う中、青年は傷一つないままに立っていた。青年の足元には折れたナイフの残骸が散らばっている。

「なんにもしてなくても折れちゃうわけ?これじゃあどっちがバケモノだか、わかりやしないよ」

やれやれ、と頭を振るヴァンパイア。対峙する青年。

「遺言はそれか?悪魔らしく、断末魔をあげてくれよ!」

青年はニヤリと笑うと、右手に従えていた十字に組んだ銀製の槍を手にし、高く跳躍すると、勢いよく振り下ろした。

「わっ!危ないなあ!」

ヴァンパイアは間一髪で避けたが、ジャケットの裾が裂け、はらはらと羽根のように破片が夜の原っぱに落ちていく。
彼はその程度で済んだのだが、オバケコウモリたちの被害は大きかった。突風に似た風圧がオバケコウモリたちに直撃する。弟妹たちは悲鳴をあげながらヴァンパイアの首筋や頭にぶつかった。しかしその内の一匹は、場所が悪かったのか風を諸に受け、ヴァンパイアの肩から空中に投げ出された。

「ひびやくん!」

白い服のオバケコウモリが手を伸ばすが到底届くわけもなく、オバケコウモリは地を目掛けて墜ちていく。

「ひ、ヒビヤ!」

ヴァンパイアも弟妹を救おうと地に降りようとするが、青年はそれを許さない。自分の撒いたナイフを拾って投げ付けられるのを躱すので精一杯だった。

「余所見してるだなんて、よっぽど死にてえみたいだな、イザヤくんよお!」
「も、ちょっと、今それどころじゃ……こら!やめて、シズちゃん!」
「手前が息の根止めたらやめてやる!」

いよいよ本格的に戦う二人を見て、少年は後退りながら兄に尋ねる。

「兄ちゃん……俺、帰っていい?」
「とっとと帰って寝ろ」
「じゃ、失礼します……」

いそいそとその場を後にする少年。だが、事態は彼を帰さない。

「うわああああああ!」

遠くから、声が近づくのを聞いた少年は、その方向へ振り返った。赤い月と、ヴァンパイアを背景に、小さな物体が此方に飛んでくる。なんだあれは、と考える前に、ガシャン!、右手に衝撃を得た。少年は手を引き上げる。鉄枠の鳥籠の中に、何かが入っていた。

「生き物?」

小動物のような物だ。少年は指先で体をつつくが、びくともしなかった。気絶しているのかもしれない。

「なんだかよくわかんないけど、これ、助けてやった方が良いんじゃないのか……?」

大きな独り言と、自問自答の末に、彼は踵を返した。
その一部始終を自慢の視力で見ていたヴァンパイアとオバケコウモリは動揺した。尚、ナイフの噴火は未だに終わらない。

「い、いざやくん!ひびやくんが、ごはんにつかまっちゃった!」
「助けろよ」
「む、無茶言わないでよ、ロッピ。流石の俺だって、あんな鳥籠に入れられて持ってかれちゃったらどうしようも……うわっ」
「イザヤあああああ!手前、無視すんな、こらあああああ!」
「お前らの弟妹だろ、早くなんとかしろよ」
「だめだ、いざやくん、はやくなんとかしないと……」
「なんだよ!俺がこんなに必死に避けてるのに、皆して文句ばっかり!」

ヴァンパイアは、もう!しらない!、と声を荒げると覚悟を決めた。彼が目を瞑った瞬間、辺りは霧に包まれた。

「ほら、逃げるよ」
「ひびやくんは?」
「可哀想だけど、あれは助からないよ」
「そ、そんなあ」

月光も掻き消される濃霧に紛れたヴァンパイアは、二匹のオバケコウモリをしっかりと肩に乗せると、急いで街を去る。捕まってしまった弟妹を放っておくのは忍びないところだが、あのままでは自分だけでなく、他のオバケコウモリたちに被害が出る。苦肉の策だった。
残された青年はヴァンパイアに逃げられたことに舌打ちをすると、手に持ったナイフを握りしめ、粉々に砕いてしまう。手を払えば銀の砂が地面に落ちて輝いていく。身の丈以上の十字の槍をずるずると引き摺りながら、その場を後にした。



2013.10.01

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