勃発、接吻戦争.(月森×天羽)
キスをした事はあるかと月森が言った。
一瞬何を訊かれたのか理解出来なくて、天羽は首を傾げる。
真面目でヴァイオリンの事ばかり四六時中考えている男が今、何と言ったか。
「えーっと、それって魚の鱚じゃないよね?」
「君は俺を馬鹿にしているのか」
月森がそんな発言をする筈がない。
思わず口を吐いて出たふざけた問い掛けに、直ぐ様ひどく不機嫌そうな顔に変わった。
月森にはツッコミを期待しない方が良さそうだと天羽は学習する。
「あるって言ったら、どうするわけ?」
「訊いているのは俺なんだが」
「もう、そんな言い方、しなくたってさ…あるよ、少しくらい」
言ってから少しの後悔。虚勢を張ったようなもの。半分は嘘だ。
保育園の時ほっぺにとか、そんな程度だったと思う。
大体、今まで色恋沙汰に縁がなかったのだから、早々ある筈もない。
「少し、とはどういう意味だ」
「な、だからさ、何で、そんな事訊くの」
月森が意味のない質問をするとは思えない。
そもそも、インタビュー嫌いのヴァイオリニストが逆に何か訊いて来る事は珍しい事だった。
「俺が君とそうしたいと言ったら、教えてくれるだろうか」
天羽は再び我が耳を疑う。
今日の月森はこちらの驚くようは発言を連発しているような気がしてならない。
もしかしたら、聴き間違いだろうか。取材対象の声を聴き漏らさない為にも耳の穴はキレイにして置かなければならないのに、何かが詰まっているのかもしれない。
「えっと、つまりさ、したい、の?」
「………っ、」
沈黙は肯定だと良く言われているけれど、こんなにもひどく解りやすく認められるとこちら迄恥ずかしくなる。
見る間に紅色に頬が染まってゆく。
口に手を当てて月森は言葉を濁した。
先に言い出したのは彼の方だと言うのに。
自分から仕掛けようにも、本当は知りませんとは今更言えなくて、天羽はその真っ赤な頬に軽く唇を触れさせる。
月森が大いに照れるので、徐々に伝染する熱。
「ごめん。本当はね、これくらいしかした事ないんだ」
何故、月森がこんな話を持って来たのか理解不能だが、そんな事より天羽はそうした自分にも羞恥の火が付いて終って身体中が熱かった。それを誤魔化すように笑って返す。素面で居られる程、こういう事に慣れて居ないのだ。
「…天羽、」
不意に、月森との距離がもっと近くなる。
鼓動があまりに煩い。
顔が間近にあるなと思うより先に、唇が触れる。
ぐるぐるとものすごい速さで脳味噌が回っている。今何が起こっていて、どういう状況に居るのか、自分が良く解っている筈なのに。混乱しきった脳は、全てを飲み込めない。
離れたと思ったら、もう一度熱が寄せられて、余計に考える力が低下してゆく。
舌を入れたりだとかされないだけ、マシだとも思えた。
が、それを考えて否定するように天羽は別の考えを描く。
こんな事で腰抜けな状態なのに、これ以上は多分、未だ無理だ、と思われた。
「ちょ、まっ、て」
なのに、手が、先に行こうとするのはどういう事か。
「っ、すまない…!」
無意識だったのか、少しだけ触れていた、手を月森は離した。
これ以上は多分、今日は未だ困難に違いない。もう少し、スキンシップに慣れる事から始めなければ。
僕らにはまだまだ時間が必要です。
こんな話になる筈じゃなかったんだ。売り言葉に買い言葉みたいな話になる筈だったんだ。
僕はえげつない程デュワです。
- 4 -
[*前] | [次#]