[雪も凍える銀の月夜]

深夜一時。
受験勉強中に小腹が空いため、雪が降り積もる中コンビニへ行った。十分ほど歩いてコンビニに着くと、店の前で見慣れた銀髪の男が煙草を吸っていた。──自分の担任で、恋人でもある坂田銀八だ。



「あれ?土方じゃん。何してんのこんな時間に。夜遊び?」
「受験生がそんなことするわけないでしょ。夜食買いにきただけです」


それだけ会話してコンビニに入った。店内から外を見ると、先生は新しい煙草に火をつけていた。どうやら、待ってくれるらしい。

目当てのカップ麺を買ってコンビニを出ると、銀八は煙草を灰皿に押し付けて、送ってくよ、と言った。
家からコンビニまでは歩いて十分程度と決して遠い距離ではない。



「必要ありません。女子じゃあるまいし」
「女子じゃなくても俺の恋人にはかわりねェし」


本当は嬉しいくせに照れ隠しで断れば、銀八はそれすらも見抜いているのか、笑ってもう一度送っていく、と言った。
これが大人の余裕ってやつなのだろうか。銀八のくせに。なんだか悔しい。



「ほら、行くぞ」
「はい」


歩き出した時、急に視界が明るくなった。空を見上げると、雲に隠れていた月が姿を表していた。

輝く満月が、雪を銀色に照らしている。平凡な道が物語に出てきそうな世界に変わった。綺麗だ。
──あまりにも綺麗な月を見て、少し前に本で読んだ言葉を思い出した。とある、愛を伝えるための言葉。
先生は俺に愛の言葉をはっきり伝えてくれるけど、俺は恥ずかしくて全く言えなくて。でも、この言葉なら言える。先生に伝えたい。そう思ったあの言葉を。




「先生、」
「ん?」
「『月が綺麗ですね』」



先生ならわかるだろ?
この言葉が、何を指すのか。




「…?そう、だな?」
「……え?」
「え?」


返ってきたのは、予想に反して普通の返事。


先生、まさか、



「……なァ先生、さっきの言葉の意味、知ってるよな?」
「えーっと……」
「…マジかよ」


どうやら先生は知らないようだ。

信じらんねェ、国語教師のくせに。
呆れている俺を見て、先生は焦り始めた。



「ごっ、ごめん!ヒントちょうだい、ヒント!」
「…夏目漱石」
「夏目漱石?えーっと、そんな題名の本あったっけ?」


題名じゃねェし。
マジで知らねェのか。最悪だ。




「……I love you.」
「は?」
「っだから、さっきの意味!夏目漱石が『I love you.』を『月がきれいですね』って訳したんだよ!」


夏目漱石が英語教師をやっていた時、生徒が「I love you.」を「我君愛ス」と訳した。そしたら夏目漱石は、「日本人はそんなこと言わない。『月が綺麗ですね』とでも言っておけ。それで伝わるから」と言った──と言われている。

そんくらい知っとけよ、国語教師なら。





「…あー、そっか……」


なんか昔聞いたことあるような無いような、と先生は気まずそうに頭を掻いた。



「土方、」
「……何だよ」
「月が綺麗ですね」


月の光で明るい視界の中。
銀髪をキラキラと輝かせた先生は、顔を赤らめてそう言った。
多分、俺も先生に負けないくらい赤くなっているだろう。



「…あの、先生。手、繋いでいいですか?」
「……ん、」


差し出された手を握りしめて、歩き始めた。


もう12月。受験生は早く家に帰って勉強しなきゃいけないことは、俺も先生もわかっている。……だけど。
この時間を早く終わらせるのは、なんだか寂しい気がして。


少しでも長く居れるように、俺の家までの道のりをゆっくりと歩いた。







雪も凍えるの月夜


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