ドラコは馬車の中で頭を抱えていた。酔ったからではない。唸るようにやめろやめろ、と声を漏らしている。
「まぁ本当に!」
「本当なんですよナルシッサさん、それでドラコったら」
原因はレディーだ。話している内容は僕の学校での生活のこと。信じられない景色を見ているようだ、母上がこんなに笑うなんて。
父上は景色を見ながらニヤケているし、もう本当に散々だった。
「レディーもう止めろ!!」
「なんでよ、いいじゃない。ドラコ学校のこと伝えてないわね」
「よくないから言ってるんだ!それにちゃんと伝えているさ!」
ドラコが隣の席に座るレディーに食い入るように言うと、ナルシッサが冷めたような声で言った。
「ドラコ、知らないことだらけじゃないの。少し黙っていなさい」
「は、母上…?」
「レディーちゃん、続きをどうぞ」
死だ。もう死ぬしかない。レディーは物凄い笑顔で両親に話しているし。
僕はもう耐えられなくて思わず窓辺に寄りかかった。
景色がどんどんと変わっていく。楽しい声が響き渡り、胃が痛い思いだったが、チラリと横を向いた時、恥ずかしさも込めながらも笑顔で自分の親と話すレディーを見たら、なんかもうどうでもよくなった。
レディーは親に嫌われていると言っていた。きっと親と話す経験なんてろくにしたこと無い。そう考えたら、切なくなって、親の前にも関わらずレディーを抱きしめてあげたくてたまらなくなったんだ。
流石にそんなこと出来ないから、僕はまた外の景色を見つめる。
窓に反射して映る彼女の横顔は、なんだかいつもよりも綺麗に見えた。
―――――
「着いたぞ、ここだ」
会場に着きルシウスはナルシッサと共に先に進んでいる。その後ろを少し離れて二人は歩いていた。
「ドラコ大丈夫?」
「おまえのせいだろう…二時間ずっと僕の過去話だ、胃が…」
結局到着までの2時間、レディーはずっとドラコの話に花を咲かせていた。聞かれたくない恥ずかしい話までされてしまい、レディーが帰った後どれだけ質問攻めされるかわからない。
馬車を降りてからドラコはずっと胃を抑えていた。
「だってドラコったら途中から文句言わなくなったから、気にしてないのかと…」
「レディーが楽しそうだったからな、止められるわけないだろう」
「そ、それで止めなかったの?」
「父上と母上があんなに笑ってるのも初めてだレディーのおかげだな」
彼が微笑んだ。レディーは跳ねる心臓を抑え、自分のことを考えていてくれたことに対する喜びを噛み締めた。
「…ドラコ私…ごめんなさい、楽しくてつい。家だとなかなか、その。そういう機会もなくて」
わかっていたよ。と言い頭に手を乗せてくれた。暖かい体温が体に伝わる感じだ。レディーは思わず目をつむった。
「ここにいる間は目一杯甘えろ、レディーの為の居場所だからな。父上も母上も…僕も、レディーが特別みたいだ」
自然に流れる涙を止められない。親からの愛を知らない私のことを、ドラコの両親は特別と言ってくれる。
愛されるってこんなに嬉しいものなの?
愛されるってこんなにも切ないものなの?
出したい気持ちは言葉にならなかったけど、ただこれだけはドラコに言える。
「ありがとう」
(生まれて初めて、私は家族という関わりがうらやましく思えたの)
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