ホグワーツへ行く前の日の夜、私はドラコと二人で眠った。お互い何も言えなかった。言葉が出てこないのだ。外を見ると薄暗い中に月が昇っていた。
無言を破ったのはレディーだった。小さな声で呟く言葉は寂しさの表れだ。
「ドラコ起きてる?」
「…あぁ起きてるよ」
ドラコは背中を向けたまま返事を返した。顔が見えなくて表情がわからない。
「…明日になったら、私はホグワーツね」
「願ったことだ。よかった」
「信じられないの。あなたと離れることが。自分から言いだしたことなのにね」
「…」
「ねぇドラコ最後のお願い聞いてくれる?」
ドラコはゆっくりとこちらへ顔を向けた。そんな彼にニコリと微笑む。静かな夜が、今の暗い世界を嘘のように見せていた。願いは?と言いたいのかドラコはレディーの口から出される言葉を待っている。
「朝までずっと抱きしめていて」
ドラコがレディーをきつく抱きしめるまで時間などかからなかった。頬を包んでキスを落とす。なんだか悲しい話だ。平和な世の中だったらきっと彼が学校を去ることもなかったし、こうやって「最後になるかもしれない」という現実に怯えたりもしなかった。一緒に卒業して、結婚して、子どもを産んで、そしてその子どもがホグワーツに入学して私たちの様に恋をする。そんな普通を夢見てきた。
「…っ離れたくないよ」
「ここにいればいい……」
「でもオルガも大切なの」
自分の言葉すら整理できない。溢れる涙に目頭が熱くて、喉が焼けそうで、鼻はツンとする。ドラコも私も泣き虫だと思う。普段はお互いクールぶってきたけど、本当は弱虫だ。
「好き…好きなの。ドラコのことが。離れないでほしい」
「…」
「私だけを愛して」
目をつむって涙を流したレディーを待っていたのはキスの雨と、最後の快楽だった。
その日抱き合う二人は同じ夢を見た。
(初めて恋に落ちた日の夢を)
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夜中、時計の針が4時にも満たない頃、隣で眠るドラコを見つめ、レディーはその場から姿を眩ませた。
「また会えますように」
ヒュンと独特な音をさせたどり着いたのはホグズミードだった。近くにいた死喰い人がレディーを見つめ近寄ってきた。反射的に杖を構えその死喰い人に向ける。
「レディーか?」
「…どういうこと?なぜ私を」
「スネイプより言われている。グリンデルバルトの末裔であると。そして到着したらホグワーツまで連れて来いと」
どうやらヴォルデモートがスネイプに伝えたようだ。それにしてもよくスネイプは私を入れる気になったものだ。確かに彼の前でハリーと仲良くしたことはない。むしろケイティの事件があった時にドラコ関係でハリーに怒っていたところを見られている。
でも、だからと言って学校を勝手にやめた人間を入れるだろうか?闇の帝王の一声とは凄いものだと感心してしまう。
「さぁこい」
ホグズミードを通りホグワーツまで案内された。時折見かける死喰い人に睨まれる。全員が私のことを知っているわけではなさそうだ。
しばらく歩くとそびえ立つ大きな城。ホグワーツだ。なんだか懐かしい。半年ぶり位だ。ディメンターがうろつくのが見えて親友のことが余計に心配になった。
「まずは校長室へいけ。スネイプが待っている」
「どうもありがとう」
真っ暗だ。夜中なので当たり前と言ったら当たり前だが。歩き慣れた廊下もこう暗いと歩きにくい。杖を振り照らし校長室まで歩む。それにしてもこんな夜中なのにスネイプは起きているのだろうか。
校長室への入り口へと立った時、かすかに聞こえる声に耳をすませた。本当に小さな音だ。集中しなければ絶対に聞こえない。
「…」
「…リー」
「…」
「…リー、リリー」
リリー?そしてこれはスネイプの声だ。スネイプが女の人を呼ぶ声がする。それもなんだか切なげな。あまりにも悲しい声だ。眉を寄せ一歩後退りした時だ。後頭部に杖を突きつけられた。震える体のまま振り返ると、そこには中にいたであろうスネイプが立っていた。
「スネイプいつの間に…」
「盗み聞きとはいい趣味だなグリンデルバルトの末裔」
「有名な魔法使いの末裔なんだからもっと丁寧に扱いなさいよ」
スネイプの杖を掴み下に降ろさせた。相変わらずの声に、髪型。でもなんだかやっぱり寂しそうに見える。
「お前とはもう会わないと思っていたが」
「聞いたでしょ?監視役よ。私も闇の仲間になったの」
「確かに、お前はポッターとは仲が悪かったようだが」
「その通り。さぁこの話は終わりよ。私は前と同じ部屋に戻らせてもらう。ハリーポッターがホグワーツに現れた時には、私は彼を騙して悪の帝王に差し出すわ」
睨むスネイプを尻目に、レディーは凛とした表情のままその場を後にした。
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スネイプが心を覗こうとしたのはすぐにわかった。閉心術が得意でよかったと常々思う。スネイプには何か裏がありそうだ。そもそも怪しさしかない男だが、「リリー」と呼んでいた女性が何か鍵な気がする。
物思いにふけりながら、足が止まった。涙が出てきそうだ。目の前にはスリザリン寮の扉。眠る肖像画に合言葉を伝える。言い慣れた言葉だ。大好きな彼はいつも得意げに言ってたっけ。
「…純血」
扉がゆっくりと開き、静かな談話室へとたどり着いた。誰もいない。暖炉ですらついていない。なんだか荒れたようだ。鬱蒼としているし、前まで大量に積まれていたクラッブとゴイルのオヤツもない。
前とずいぶん変わってしまった。目を閉じれば楽しかった頃の学校をすぐに思い出せる。
暖炉の前にはいつもドラコがいて、近くにはランドール。ランドールのちょっとした一言にオルガが怒って、それを見て笑ってたっけ。
懐かしい気持ちであたりを見渡しながら寮への階段を歩んだ。
(オルガ、やっと会えるね)
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