スリザリンの寮の廊下前がやけに騒つく朝だった。長い髪の毛を二つに縛った“まるで原宿”と呼ばれる少女は、怖いものなしと言った感じで大声を出したのだ。
「レディーー!」
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朝眠気が酷い時、五分は頭が動かないが、今日のレディーはフル回転していた。冷や汗をかき、髪をとかさず、着替えもせず、靴も履かずに裸足のまま部屋を飛び出した。
「レディーー!!色々忘れすぎ!!」
オルガの声が部屋の前の廊下に響くがその声に反応する暇はない。一刻も早く突然の来賓者を追い出さねばならないからだ。
そう、寮を騒がせていたのはレディーの妹である、アロマ・エジワールだったからだ。アロマが寮の前に来てレディーの名前を叫んでると聞いた時にはもう驚いた。眠気は0.3秒で吹き飛んだレベルだ。
穏便に過ごしてきた日常を壊されてたまるかと、レディーは自己最高記録のスピードを出したのだった。
寮を出て廊下を見ると囲まれているアロマの姿があった。アロマは最高のバカだ。パンジーが嫌味を言っているようだが、なぜかお礼を言っている。
レディーは鬼の形相で囲いのなかに入っていった。
「レディー…!」
「あんた朝からなにしてくれんのよ…!!!」
“まるで原宿”の姉が来たぞ。と周りがざわつき出す。このままだと穏便な学校生活が脅かされると思ったレディーはアロマの手を強引に引っ張り嘆きのマートルがいるトイレまで連れて来させた。
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「なんっっってことしてくれるのよ!自分の立場わかってる!?あなたはグリフィンドール!あそこはスリザリン!エジワール家の娘!Ms.まるで原宿!」
レディーは一気に話したからか息が上がっている。アロマは「ミスまるで原宿ってなぁに」と不思議そうに聞いてくる。
「戻ったらとりあえず謝罪だわ…」
「はい!」
頭を抱えうなだれるレディーの前に封筒を出されてア然とする。アロマは笑って答えた。
「今度ホグズミード村へ行くので親の承諾が必要でしょう?だから、はい!」
レディーの目の前へと突き出された封筒を開ける。紙にはホグズミードの許可書と書かれていた。
「あー…そういえばこんなことオルガが言ってたわね。ホグズミードには保護者のサインがないといけないって」
「そうみたいね!!」
「って、よくお母様が私のホグズミード行きを許しわたね」
「ふふ、何ででしょー!」
「別に知りたくもないけど」
「ヒントはね、お母様以外の家族よ」
「は?」と目を開かせた時にはもうアロマはバイバイと手を振って走って行ってしまっていた。残されたレディーは封筒を握りしめ中身を確認した。
確かにホグズミード行きの承諾とサインが書いてある。でも母親の字じゃない。ということは父親か?ろくに話をしたこともない父親が?
「まぁ、いいか」
そう言ってレディーはまた承諾書を封筒に入れて寮へと戻っていった。レディーがいなくなった後、嘆きのマートルはニタニタと笑いながら一人トイレで歌っていた。
彼女は愛を知らない子
彼女は望まれなかった子
父はホントの父じゃない
でも彼女は今きっと
愛を実感し始めてる
同じ寮への少年に
気持ちが揺らぎ始めている
‐‐‐‐‐‐‐‐
それから何日か経ち、ホグズミードへ行く日も近づいてきた頃。
朝食を大広間のスリザリンの席で、オルガと向かい合いながら座って食べていると、近くで甘ったるい声が聞こえた。
「ねぇドラコォ一緒に行きましょうよ」
それはいつも通り、パンジー・パーキンソンだ。マルフォイの怪我をした腕に触れながらニコニコと笑って誘う。
ちなみにその怪我とは、ハグリッドの授業で出てきたヒッポグリフを馬鹿にして出来た傷だ。その日パンジーやクラッブやゴイル達は心底心配していたが、レディーはオルガが引くほど笑っていた。
しばらく傷が痛むと言っていたが、どう考えても軽傷だ。レディーはマルフォイの腕にわざと触ったり、持っていたタオルを使いマルフォイの真似をして馬鹿にもしていた。
マルフォイは当然それに怒っていたが、レディーからちょっかいを出されることは満更でもなさそうな様子だった。
軽傷を心配しながらもネットリとした声を掛けてくるパンジーに、マルフォイは呆れながらも訪ねた。
「何にだ?」
「ホグズミードよ、ホグズミード!」
「あぁホグズミードね。いつだっけ?」
「もぉー!明日よ!」
明日だったか。と言う声が聞こえマルフォイの斜め前に座っていたレディーはクスクスと笑った。
「何がおかしいエジワール」
「だってマルフォイ、流星群の日はよく知ってるのにこういうことになると疎いのが面白くって」
笑い声を殺すようにクックックッという声がレディーから漏れる。オルガはそれはもうニヤケていて「朝からお暑いわ」なんて言って手で顔を仰いでいる。
「う…うるさい!それとこれとは別だ!あれはお前に星を見せたかったから…」
最後の言葉は小さくて周りには聞こえなかった。恥ずかしさで顔が赤くなりながら、マルフォイはこの場の流れで仕方ないと、「ホグズミードぐらい行ってやる」と投げやりに言った。
「やったぁぁ!!」
嬉しさのあまり発狂するパンジーにレディーは思わず苦笑いをした。
「エジワールは行かないのか?」
「悩んでる…」
また苦笑いをしたレディーに、オルガは怒ったように言った。机の上の紅茶が揺れる。
「何言ってんのよレディー!!許可証をもらってるんでしょう?行くべきよ!」
オルガの言葉でマルフォイの眉はピクッと反すていた。レディーは頬杖をつきながら目を流し、オルガと目を合わせないようにしている。
「まあね……ってちょっとー!!!」
マルフォイはレディーの手を掴んでいた。と、言うよりも引きずって大広間から出て行ったのだ。叫ぶレディーに大広間にいる生徒が白い目で見つめる。
「…何よあの2人」
「ドラコったらほんと強引」
残されたオルガとパンジーは、顔を見合わせお互い朝食を取り続けた。
レディー襲われないようにね、と思いながも、オルガは少し嬉しそうだった。
‐‐‐‐‐‐
「嫌ぁぁぁ〜!」
いつの間にか両腕を掴まれて、本格的に引きずられていたレディーはなおも反抗を止めていなかった。
「少しは静かにしたらどうなんだ」
「なんですって!?あんたなんか、この腕が解放されたらぶっ飛ばしてやるわ!」
「やれるもんならやってみろ」
「というか腕の傷はどうなったのよ!ピンピンしてるじゃないの!」
「今治った」
「どういう体してるのよ!」
叫ぶレディーを尻目に、マルフォイは大広間を左に曲がったところの階段でレディーの腕をようやく離した。
レディーは、よくもやったわね、と言いながら手を振りかざしたが、マルフォイは難無く受け止め、レディーを壁へと押し付けたのだ。
当然ながら階段付近の廊下には人はいない。先生でさえも大広間での朝食を楽しんでいる。
片方の手はレディーの手を受け止め、もう片方はレディーの顔の横を通り、壁に手をついていて、今にもキスをしそうな距離を保っていた。
翡翠色の目とアイスブルーの目は逸らすことなく見つめあっていて、レディーが恥ずかしさで目を逸らすよりも先に、マルフォイは口を開いた。
「エジワール、お前許可証貰えたのか?」
「え…?」
レディーはマルフォイからの意外な言葉に目を開かせた。
「ホグズミードの…許可証、貰ったとスターシップが言っていただろう?」
階段の上で、吐息がかかりそうな距離の中、レディーはドキドキとする気持ちよりも先に嬉しさが込み上げた。
「お前から親の話しを聞いて…、ホグズミードのこと…、どうやって許可を貰った?」
「私の妹が許可証を貰ってきたの」
「そうか、なら良いんだ」
「心配、してくれてたの?」
「まぁ、それなりに」
レディーは泣きそうだった。嬉しくてだ。あの流星群の日の夜、僅かに出た家族の話を心配し気を使ってくれていたのだ。
「マルフォイありがとう、私やっぱり行くわ!とびきりオシャレをしてね」
壁へとつくマルフォイの腕を掴み笑顔で言ったレディーに、彼は少し顔を赤くしながらも、
「その方がエジワールらしい」
と言い微笑んでくれた。
(オルガに言わなきゃ!)
(パーキンソンなんかと約束しなきゃよかった…)
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