「またピクミンしてるの」
「昼神せんぱい!」
「お疲れ様です」

 昼神が体育館へ向かう途中、体育館の花壇前で、幼馴染ふたり組がしゃがんで居た。彼女は昼神に気が付くと、すぐさま昼神に駆け寄っていく。その彼女の姿は、見事に集合を命じられたピクミンのようだった。別所は日に日にピクミン化していく、幼馴染が少し心配だった。

「名前が美会委員になったんです」
「はい、男子バレー部体育館前の花壇担当になりました」

 何故か誇らしげに胸を張って、彼女はトン、と自分の胸を叩いた。そんな彼女の手には軍手がはめられていた。

「へえ、名前ちゃん花のお世話とか似合うもんね」
「エ」
「あ、ごめん、別所が名前って呼んでたから、つられちゃった」

 謝りながら、昼神は思う。名字さんって、さん付けより、名前ちゃんって感じなんだよなぁ。しまったなぁ。妙に幼い従姉妹に似ていて、つい距離感を間違えそうになる。顔を真っ赤にした彼女は大きく首を横に振って、名前ちゃんって呼んでください!と言っていた。表情で、瞳で、態度全てで、そう言っていた。

 そんな二人がすれ違っている中、別所はまたひとり複雑な気持ちになっていた。名前、花のお世話が似合うって思われてんの……たぶん、名前自体が花みたいに、のほほんって(いや、のんき?)してるからだろうな。

 当たり障りのない態度でいいか、と結論を出していた昼神は彼女の要望を叶えてくれた。

「じゃあ、今度から名前ちゃんって呼ぶね」
「はい!」

 良い返事だ。昼神は距離感を間違えたことを少々反省した。だが、そもそも彼女とあまり会う機会はないからいいかぁと、片付けた。



  昼神幸郎は高校二年生に学年が上がって、ひとりの後輩に懐かれた。昼神が所属している部活の後輩ではない。その後輩に懐かれても仕方ないかぁ、と昼神本人も納得する出会いをしたので、昼神はカドの立たない接し方をしていた。正直、はっきりと拒絶する方が面倒に思えたのだ。

「昼神せんぱい!」
「名前ちゃんは今日も元気だねぇ」

 後ろから追いかけてくる足音だけで、分かるようになってしまった。彼女でふたりで話したことなんて、片手で足りるほどなのに。昼神は昼休みに、美術室から教室へ帰る、移動教室の途中だった。彼女は購買に寄って来たらしく、腕に焼きそばパンとあんぱんを抱えていた。彼女は昼神に会えたことが嬉しいのか、にこにこと昼神を見上げている。人懐っこい笑みを向けられて、悪い気はしない。ただ……、昼神は心の中で、目を細める。

「はい、元気です。昼神せんぱいは移動教室の帰りですか?」
「うん、美術」

 昼神はスケッチブックと薄っぺらい美術の教科書を、軽く胸もとまで上げる。すると、彼女は分かりやすく目を輝かせた。そのきらきらを受け流すように、昼神はニコッと笑った。

「やだ」
「ま、まだ何も言ってないです」
「どうせ名前ちゃんのことだから、俺の絵見たいとか言うんでしょ
「……」

 彼女が何も言えなくなって、悔しそうな顔をする。昼神はあはは図星だねぇ、とのんびりと笑みを深めた。

「じゃあ、名前ちゃんまたね」
「あっ」
「ん?」
「……え、えっと」

 どうしたの?と昼神に視線で問いかけられて、言葉に詰まる。昼神は笑ったまま、彼女の言葉を待っている。その行動に、彼女を追い詰める意図は一ミリもない。過ぎていく時間が彼女を追い込んでいく。彼女は顔を赤くして、眉を下げると、なんでもないです、と首を横にふる。昼神は不思議そうに、そう?と首を傾げた。

「し、失礼します!」
「うん」

 昼神は自分の前から去っていく彼女の後ろ姿を、表情を戻しながら見つめていた。名前ちゃんの恥ずかしがるポイント分かんないなぁ。あ、別所だ。彼女は教室に戻る途中で、幼馴染を見つけたらしく、そのまま別所の背中に頭突きをかましていた。遠目からでも、彼女がションボリしながら、何かを訴えている姿が丸見えだった。別所はいつも通り数少ない表情のバリエーションで残念そうにして、彼女の肩をドンマイと軽く叩いていた。



「昼神せんぱい!お疲れ様です!」
「お疲れ様、名前ちゃん。こんな時間まで学校いたの?」

 昼神は薄暗い空を見上げて、お腹すいたなぁとのんびり歩いていた。帰ろうとしていると、校門で見慣れた彼女を見つける。昼神が気付くよりも先に、昼神に気付いた彼女は迷いなく駆け寄って来た。彼女は相変らず、にこにこと嬉しそうに昼神を見上げる。

「今日委員会でちょっと遅くなっちゃって、千源くんと帰るんです」
「そうなんだ。別所ならもうすぐ来ると思うよ」

 教えてくれてありがとうございます、と彼女が笑う。昼神はじゃあ、またね、と言うはずだった。

「昼神せんぱい?」
「ん?」

 帰らないんですか?と彼女は問いかけようとして、まごまごしてしまう。帰って欲しい、なんて勘違いはされたくない。そんな彼女に困ったように笑って、昼神は制服のポケットに両手を突っ込んだ。

「俺も光来くん待ってんの」
「星海先輩ですか?」
「うん。今日宿題で使うノート貸したままだったの思い出した」

 な、なるほど。彼女は頷いた。隣に立つ昼神に気付かなれないように、頬を引き締めた。昼神せんぱいと二人で話せる。静かに喜ぶ彼女の横で、昼神はまた反省していた。俺も一緒に待つよ、ってつい言いそうになっちゃった。名前ちゃんも一個下だから、大丈夫だとは思うけど。でも、まあ、一応。何かあったら、やだし。昼神が彼女を気にかける気持ちに、一ミリも色っぽい要素は入っていなかった。自分より幼い子どもの安全を守らないといけない、と言った保護者精神だった。



「今日昼神せんぱいといっぱい話した」
「良かったじゃん」
「星海先輩を待ってるついでだったけど、ラッキーだったなぁ」
「星海さん?」
「うん、ノート返してもらうの忘れてたって」
「……(部室で返して貰ってたけどな)」

 別所は今日の先生の話を思い出した。

「最近学校近くで不審者が出ているから、気を付けるように」

 いや、まさかな。でも……、別所は首をひねって、元に戻した。

「名前」
「うん?」
「これから遅くなるときは今日みたいに一緒に帰ろ」
「うん!」

あとがき

- ナノ -