幸せミルフィーユ

 恋人と二人きりで、旅行に出かけるなんて幸せ過ぎる。本当にそう思う。手を繋いで二人で見たことのない景色を見て、写真を撮って、思い出を一つずつ増やしていく。常に楽しくて地元とは全然違う電車のデザインや駅のホームに戸惑ったり、スマホで行先を検索して、その画面を覗き込んだときに額をぶつけても楽しくて笑っちゃう。

「治くん見て見て、制服着てる」
「修学旅行?」
「この時期に?高校生かな、それともちゅうがくう」
「これうまいわ。ほら、ひとくち」
「んー!んー!」

 もう一口貰ってます、と私は口に押し込まれたお饅頭を噛んで噛みまくって、飲み込む。治くんが「うまい?」と顔を覗き込んでくるんで、指で丸を作って頷けば、治くんはとても嬉しそうに笑う。その顔はとってもかわいい。胸がきゅんとなって、本当に旅行に来れて良かったと思う。若干喉乾いたけど。神社へ向かう通りで見つけた制服集団よりも、治くんは食べ歩きのお店に夢中だ。はぐれないように、興味があるお店に行くときは私の手も引っ張っていく。

「あ、あれも、うまそう。名前行こ」
「うん」
「団子やて。名前甘いもん好きやんな」
「度が過ぎなければ」

 女の子やカップルが並ぶ列に交じって、私たちも並ぶ。身体を揺らして、何のお団子にしようか悩んでいる治くんもかわいい。「名前も食う?」「ううん、大丈夫」という会話をしたはずなのに、「名前あーん」「え」「ほら、団子落ちる」落ちないよ。ちゃんとお店の人からトレー貰ってるじゃん。そう言う前に、私の唇にはお団子が押し付けられる。仕方なく口にいれて、ひとつ頂けば、治くんはゆっくりと持っている串を引く。

「うまい?」
「うん、美味しい」
「俺も……うん、ええなぁ。思ったよりも甘くなくて」
「ね」

 

「あのね、治くんさっきから思ってたんだけど」
「うん?」

 一度瞬きを繰り返しただけなのに、治くんの手には新しい食べ物があった。そのことにびっくりした私は思わず言おうとしていた言葉が飛んでいきそうになる。

「治くんが食べてるもの私に分けてくれなくても、大丈夫だよ?」
「……」

 そもそもお金払ってないし……。続けようとした言葉は何となく言い出せなくて、濁してしまった。治くんは手に持っていた中華まんを食べようとした口を閉じて、私の口に迷いもなく押し付けた。

「!」
「名前は律儀やから、どうせ自分払ってへんとか……そういうの気にしとるんやろうけど」
「んー!」
「ちゃうやん。そういうの、ちゃうやん」

 治くん一人で続けないでください。私は口の中を空っぽにすることに必死で、味わうことすら忘れそう。治くんは一口減った中華まんにかぶりついて、うまいと本当に幸せそうに頬を緩ませた。そして、そのまま私を優しく見つめてきた。

「あの、おさ」
「名前うまかった?」
「え、うん、とっても!」
「それでええやん」
「え……?」
「せっかくの旅行なんやから、ふたりで同じもん食べたいやん。
 今度また食べに行こうなーとか、美味しかったよなーとか、……俺はそういうのが欲しいだけやから」

 名前との、思い出欲しいだけやから

 もう、そんなこと言われら、何にも言えないじゃん。



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