ほしい

「つとむくん……?」

 五色工はベッドの上で、神妙な面持ちをしていた。恋人同士の名字名前と五色工は初めて互いの身体を見せあいっこして、一つにした。特に変な所もなく終わったはずだが、五色の様子がおかしい。彼女はタオルケットで素肌を隠しながら、五色の顔を覗き込む。きゅっと結ばれた唇に、これまたぐっと寄せられた眉頭の五色の顔つきに、彼女はなにかやらかしてしまっただろうか、と心配になる。

「つとむくん、何かは分からないんだけど。何かしっちゃったかな、私」
「……いえ、これは俺の問題です」

 俺の問題とは?頑なに、そうとしか言わない五色に、彼女は少し落ち込んだように呟いてみる。

「……気持ち良くなかった?」
「すっげえ気持ち良かったです!」

 うわあ。彼女は五色独特の勢いに押されながら、ありがとうと頷く。だが、そこまで元気に答えなくてもいい問いである。

「じゃあ、どうして元気ないの……?」
「いや、それは、……」
「……無理にとは言わないけど、正直気になる」

 彼女はまだ剥き出しのままの、五色の太ももに手を置いて、そのまま五色に胸に凭れ掛かった。

「名前さん」
「だって、私が関係してる気がする」
「え、っと、それはっ」

 五色は嘘が下手くそだ。ぎくりと揺れる五色のたくましい胸板に頬を寄せながら、彼女は言葉を続ける。

「教えて欲しいなぁ。私は元気なつとむくんが好きだよ。
 元気じゃなかったら、話聞きたい」
「……名前さんきっと嫌な思いしますよ」
「いいよ」

 彼女はその言葉で何となく分かった。静かな声で許可を出したのはいいが、どうやって向き合おうか。彼女は五色よりも、伊達に二年長く生きていないのだ。五色は優しい手つきで彼女の両肩に手を置いて、互いに向き合う。五色は相変わらず苦しそうな顔をしていた。まだ言うかどうか迷っているようだ。とても言い辛そうだが、どこか言ってしまいたいようにも見える。

「名前さん初めてじゃないですよね」
「うん、初めてじゃない」

 五色は重い口をやっと開いたのに、対照的に彼女はさらり、と言われた内容を肯定した。五色は分かっていたのに、いざ本人から言われるとキツかった。

「つとむくんは初めてじゃないと嫌な人?」
「違います。……違うと思いたいんです。俺は名前さんが好きで、名前さんも俺のことを好きになってくれて、それで幸せだったんです……」

 本当です。五色は叱られた子どものように、しょんぼりとしている。彼女は五色の顔を見ながら、自分も同じ様な顔をしているだろうなぁと考えた。しまったな。言い方間違えた。

「じゃあ、どうして……」
「違うんです、俺は名前さんが好きです……好きだから、名前さんの初めは俺が良かった。俺以外に名前さんのあんな姿知ってるんだと思うと、頭がおかしくなりそうなんです」
「……わたし愛されてる。私もつとむくんのこと大好きだよ」
「そ、そういうんじゃないんですよ。そういう綺麗な感情じゃないんです……これは支配欲?だと思います、俺が許せないんです。
 名前さんの過去まで支配したいって思う、汚い欲望をもつ自分が許せないんです」
「……つとむくん」
「名前さんの初めてを貰った人より、早く出会いたかった」
「いや、それは無理だよ」
「名前さん!」

 分かってますよう!言わせてくださいよ!と噛み付いてくる五色に、言葉足らずだったことに気付き、五色の頭を撫でながら、どうどうと慰めてみる。年下扱いやめてください、という視線を感じるが、悪い気がしない五色は素直に口を閉じる。かわいいなぁと彼女は笑って、不足している部分の言葉を慌てて足した。

「私元々年上の人がタイプだったから、元カレいなかったら、つとむくんと付き合ってないと思う」
「!」
「年上だったけど、別にそんな年上だからしっかりしてる訳でもないっていう現実に気付いて、
 年齢気にしなくなったんだ」
「……そ、そうだったんですか」
「うん」

 私も夢見てる可愛い時期があったんだよ。と笑う彼女に、五色はもやもやが増えて、眉を寄せ続けて、眉間が痛くなってきた。

「だから、私元カレと付き合って良かったって、つとむくんと付き合えた時一番思ったんだよ」
「え、俺とですか?」
「うん。別れたときは、クソ野郎って思ったけど。ちゃんと現実に気付いて、かっこいいつとむくんを見逃さずに済んだのは元カレのおかげかなぁ」
「う、うう」
「つとむくん……その表情はどういった感情なんだろう」
「今まさにここで、名前さんの年上感を味わって複雑になってます!」
「?」
「俺も名前さんの元カレに感謝です。元カレが年上だからってそうでもないって名前さんに教えてくれたことは感謝です。
 でも、やっぱり、俺は名前さんの初めてが羨ましいと思っちゃうんです」

 彼女は思わず笑ってしまう。どこまでも真っ直ぐで素直な五色が可愛くて、たまらない。五色は楽しそうに笑っている彼女が可愛いくて、でもどこか恨めしかった。きっと俺のこと年下で可愛いって思ってるんだ。子どもっぽい焼きもちだって。名前さんはいつも余裕で、優しくて、俺ばかり振り回されてる。俺が言っても仕方のないことを言っても、今みたいに耳を傾けてくれる。その優しさが好きな癖に、少し複雑になってしまうのは俺が子どもだからだろうか。

 五色は顔も知らない元カレへの複雑な感情にある決意をした。

「名前さん」
「はい」
「俺、大きい男になります!」
「もう十分大きいよ」
「そういう意味じゃないです!器的な意味です!」
「ああ、なるほど。ふふ」
「もう名前さん、わざとからかわないでください」
「じゃあ、今まだなれないんだ?」
「そうです。正直、まだ名前さんの初めての相手は俺が良かったって思う俺がいます」

 五色は高らかに決意を宣言したのに、くすくすと笑っている彼女の所為で決意が鈍りかける。彼女と一緒にいると、つい自分まで笑いそうになる。無邪気に問われた問いに、五色が真面目に答えれば、彼女はとても嬉しそう笑った。その表情に、五色はやっぱり名前さんは俺のこと子どもっぽいって笑っているんだとへそを曲げそうになっていた。彼女は五色に抱き着いて、そのまま正座をしている五色の膝の上に乗っかる。五色はびっくりしながらも、彼女の背を支えた。

「つとむくん」
「は、はい」
「ちゅーしてもいい?」
「え?はい?」

 唐突な彼女の言葉に、五色はきょとん、としながらも頷く。彼女は五色の頬を両手で包むと、触れるだけの口付けを繰り返した。

「ふふ」
「何笑ってるんですか」
「工くんにそんなに想われてる彼女は幸せ者だなぁって思って」
「ってそれ名前さんですよ」
「あ、私かー」
「名前さん!」
「あはは。私は工くんにすごく想われて幸せだよ。正直に話してくれて、ありがとう」

 五色には優しく言われて、何も言えなくなる。ずるい、名前さんはずるい。いつも俺ばかりカッコ悪いところ見せて、名前さんはかっこいい。そんな所が大好きで、でも、やっぱり、ちょっと悔しくて。いつか絶対名前さんよりも、かっこよくなりたい。きっと名前さんは楽しみに待ってる〜なんて言って、呑気に笑うだろうけど。そんな五色の気持ちも知らない彼女は五色の膝から降りて、ベッドから抜け出そうとした。

「そろそろお腹すいたね。何作ろう……つとむくん?」

 おや?後ろから抱き締めてくるつとむくんの様子がおかしいぞ。

「名前さん、あの」
「今日元々1回までって約束して、でもおさまらなかったから、もう一回したよね?」
「うっ」

 五色は彼女の言葉に、ぎくりと肩を揺らして、挫ける。が、もう、この熱はどうにも我慢出来そうになかった。彼女の腰に押し付けるように、自分の熱を当てる。彼女の頬が赤くなった。あまりにも生々しくて、反応するなと言うのが無理な話だ。

「つとむくん、当たってるよ……」

 恥ずかしそうに呟く彼女に、五色はどうにかなりそうだった。いつも余裕綽々で優しい癖に、そんな可愛らしく恥らないでくれ。いや、どんな名前さんも好きだけど。でも、そのギャップは本当にずるくて。

「すっげえかわいい。早く名前ん中いれたい」
「!」

 耳に囁かれた言葉に、彼女の胸がドキッと跳ねる。つとむくん、ずるいよ。いつもわんこみたいに可愛い癖に、不意に覗かせてくるんだ。つとむくんに言ったら、どうなるかな。つとむくんの敬語が崩れた瞬間が好きだよって。年下にハマりそうだなんて、言ったら。

「もー今日お昼作れないからね。あとで、つとむくんがコンビニで買って来てね」
「は、はい!」




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