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「神影、突然だがこれからトシと試合をしてもらいたい。」
屯所の一角。局長室で近藤が声を立てた。
室内には局長、近藤勲。副長、土方十四郎。一番隊隊長、沖田総悟。そして神影がいた。
『試合…?』
近藤から発せられた言葉に、意味が分からないと言うように目を細める。
「要するに、力量を計るためだ。弱ぇ奴は真選組にいらねェ」
土方は、近藤の言葉を代弁するかのように口を開いた。
「トシ、そんな言い方はないだろう」
トゲのある言い方に近藤は宥めるように言う。
「神影が強いのは知っているんだが、これから隊士になるに当たって他の隊士に見せしめるとゆう意味でもやってもらいたいんだ。」
『わかった。』
短い言葉で承諾する。
「しっかし、勝てるんですかねィ。土方さん。」
口を開いたのは総悟で、少し気の抜けた声で場の緊張感が緩む。
嫌味を孕んだような言い方をされ、土方は沖田を横目で睨んだ。
しかし、そんな土方を気にも止めず神影に問う。
「神影さんは夜兎ですぜィ。実力はあるんでしょう?」
悪戯をした子供のような笑みを浮かべ、向けられる亜麻色に
『さぁ?どうだろな』
無表情だった顔から少し、笑みが零れた。
††††
道場には多くの隊士達が集まっていた。
視線の先には、木刀を持つ土方と神影の姿。
(刀なんてまともに使うのは初めてかも知れねェな…)
片手に持つ木刀を2,3回振り下ろす。
そんな神影から目線を外さず、様子を見やる。
(アイツ、剣術は素人か…。だが、なんせ相手は夜兎。油断は出来ないな…。)
気合いを入れるように瞳を瞑り集中させ、目の前の黒を見る。
「試合のルールは俺かお前が「参った」と言うか、倒れた方が負けだ。いいな?」
『あァ。』
分かり易くていいと零す神影。
周りのギャラリーにいる近藤は「トシらしいな。」と困ったように笑った。
「山崎。お前、審判やれ。」
「えぇえぇぇぇっ!!俺ですか!?」
大勢の中から名指しされた張本人、山崎が驚きのあまり声を上げた。
「どうして俺なんですか!?」などと副長の抗議するも、「副長命令だ」と言われると渋々試合の進行を進めた。
「じゃあ、いきますよ。」
一言で場の空気が一気に張り詰める。
いつでも切り込めるよう、構える土方。
殺気を放つ土方を前に、口元が自然と緩む神影。
周りの隊士達は、今までにない空気を感じ息を呑んだ。
「初めっ!」
声と共に切り出したのは土方だった。
「うらあぁっ!!」
木刀を腹目掛け、突きにくる。
神影はそう簡単に攻撃を受けるはずもなく、横へと飛び退く。
しかし、避ける際の見えた土方の口角は上がっていた。
(何故、笑っている?...!?)
次の瞬間、土方は木刀の向きを変えて横に凪払った。
ガン────
道場に響いた音は、肉と木がぶつかる音ではなく
『危なっ…!』
胴に当たる寸前で、神影は木刀で防いでいた。
「何でィ。ありゃァ」
近藤の隣で見学していた総悟は呟いた。
目の前には、依然続く攻防戦。
総悟から見たら、一方的な試合。
(土方さん、完全に神影さんに振り回されてらァ)
それを一番理解しているであろう土方は、気に食わないと言うように表情を歪めていた。
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