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V
翌日。喧嘩して、丸1日経った。
喧嘩した時から顔は一度も合わせていない。船にいれば絶対にいつかは会うことになる。
その時、どう対応しようか…。やっぱり謝った方が良いのかな。
俺は覚悟も決まらないままフラフラと食堂へ足を運んだ。
「あ、シャチおはよー」
「はよー、ベポ」
「やつれた顔してるぞ」
「…はよーございます船長そしてそれは余計です」
ペンギンの向かい席に腰を下ろした俺は、小さく溜息をついた。
船長はじーっと俺の顔を見てくる。ある意味怖え。
「船長、何スか?」
「…ナマエ」
「っ…」
「泣きやまなかったぞ、昨日」
まさか、船長からその言葉が出ると思わなかった。知らないものだと思っていた。
俺が固まってるのも気にせずスラスラ喋る船長。
「随分悔んでいた。ペンダント…ありゃ大切なものだからな」
「…分かってます」
「ならいい。早いうちに謝れよ。アイツがひきこもり状態になると、大変なのはコッチだからな」
「…はい」
船長の言うことは、正しい。俺はただ返答するしかなかった。
すると突然ペンが立ち上がる。俺はそれを見て、どしたのと言う。
ペンはナマエに飯持ってくと言ってコックの所へ行った。
船長とペンはナマエの事を気にかけている。迷惑掛けてるな…なんて分かってる。
「ハァ…」
「シャチ、会わなくていいの?」
「会えるなら会いたいとこだけど、絶対拒否られるし」
「否定は出来ないね」
ベポはそういってサンドイッチを口にする。
あまり食欲が沸かないが、取りあえず俺も口にした。
どうも溜息ばかり出る。早く謝って、気分を晴らしたいとこだ。
「…ねぇ、シャチってナマエの事好きなの?」
「ブッ!!!」
「汚いよ…」
ベポがそんなこと言うから、吹き出すのは当たり前だろ。口を拭いて、ベポに向き直る。
ダチ
「んな訳ないって! アイツはタダの友達」
「ふぅ〜ん…」
「何だよその目は」
「別に何でもないよ」
ベポはそういってサンドイッチを頬張る。俺はちょっと今ので機嫌を損ねた。
そんなこと聞かれるとすら思ってなかった訳で。
だって本当の事だ。アイツは仲間で友達。ただそんな関係。
朝食を食べ終えた俺は、自分の持ち場へ着いた。
その頃、ナマエはというと…
『…』
起きてはいるが、ベットから出ようともしない。
体を起こして溜息をつくナマエ。
『…行きたくないな』
ナマエは小さく呟いた。
会いたくない、という気持ちの方が高いのだろう。
だけど、食を口にしなければ生きてはいけない。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
『…はい』
「…俺だ」
大抵こういうのは、ローかペンギンしかないことをナマエは知っている。
ナマエは小さくどうぞと言った。静かにドアが開かれ、ペンギンが入って来た。
『…ペンさん』
「具合はどうだ?」
『…大分、良い、と思います』
「…」
溜息をつきながら、近くにある椅子に座るペンギン。
そして、手に持っていた朝食をベットの傍の机に置く。
『すいません…』
「いや…」
『………迷惑、』
ナマエの言葉に、窓の外を見ていたペンギンが視線を向けた。
ナマエは俯き加減に震える口で小さく喋る。
『かけてますよね…?』
「…」
『こうなったのは…私の、不注意の所為、だから…』
「気にするな…いつもの事だろう?」
『…いつもより、っ…酷いです…』
完全に声が嗚咽交じりのものとなってしまったナマエ。
それを見て、ペンギンは優しく頭を撫でてやった。
「飯はちゃんと食え。…それから船長に顔ぐらいは合わせておけ」
『はい…』
小さく、本当に聞こえるか聞こえない位の声で返事するナマエ。
ペンギンはそんな彼女を見てフッと目を細めて笑った。
もう空は真上に来ていた。熱い日差しで照らされるので、つなぎを着ている俺にとっちゃ暑い。
まぁ、船員たちは皆つなぎだからそうだろうけど。
ただ、船長やコック、ナマエはつなぎじゃないから暑いのかどうかは知らない。
結局、昼になっても謝りに行くことは出来なかった。そのせいか、朝よりも気分が重くなった。
ボーっとしながら船の甲板を歩いていると、船長室から出てくる人影が見えた。
それは紛れもなく彼女で。胸が苦しくなるほど傷んだ。
彼女は自分の部屋に戻ろうとこちらに向かって歩こうとする。
その瞬間俺を見つけたのは、彼女の瞳が大きく見開かれた。
『っ…』
俯いてこちらに向かって歩いてくるナマエ。
俺はその場に突っ立ったままだ。どんどん距離が近くなる。
俺は覚悟を決めて、アイツが傍を通るのを待った。1歩…また1歩…近づく。
そして、すれ違う時に、俺は彼女の腕を掴もうとした。けど、その手は振り払われた。
「っ………」
『あ………』
「…ナマエ」
『……ごめっ…』
「っ……待てよっ」
そうは言ったが、彼女はパタパタと走って行ってしまった。あぁ…完全に駄目だ。
「ははっ…」
自嘲気味に笑えば、どんどん悲しくなってきた。
そして顔を隠す様に帽子のつばをグッと下げた。
触れたくても(触れられないと知っているからもっと心が痛む)