捌之神


 比企と名前を引き剥がした香茗の表情は苦渋に満ちており、今にも比企を呪い殺せそうな目で比企を睨んでいる。そんな様子に比企はやれやれと肩を竦めて名前の方を見た。

「まさかお前が自らの意思で動くなんてねぇ…」

 そう言葉を投げかけられた鎧糸はギロリと比企を睨む。その腕には名前が抱えられており、必要以上に強く抱きしめている。

「比企」
「はいはい、分かってますよー」
「…今後一切、こいつは此処へは近づけさせない」
「…龍王に、ちゃんと自分の口で言えるの?」
「ああ。お前の側には置いておけない」

 「酷い言い草だなあ」と比企は緩やかに口元に弧を描いた。鎧糸はそのまま香茗と目配せをしたおり、部屋から名前を抱えたまま出て行った。それを見送った比企は目元を和ませて椅子へと腰掛ける。

「アンタねぇ、何度いったら分かるの!? あの子はアンタのものじゃないのよ!?」
「はいはい、分かっているよ、香茗。もう俺のものじゃない…名前は、鎧糸のものだ」

 少し寂しそうに呟いた比企に、香茗はすっと瞳を細めた。

「比企…」
「醜いもんだよね。兄弟揃って、同じ子を好きになっちゃうなんて」
「…比企」
「でも、正直、俺を選ばないでくれて良かったよ」

 そういって空を見上げた比企の表情は穏やかだった。



***



 声が聞こえる。誰かと、話している、険しい声が。だけど、自由に動かない体は音の主を捕らえることさえできず、ましてや瞼も重くて目を開けそうにもない。比企の毒気をまともに食らったせいだろう、と思ってそのまま柔らかな、寝かせられているそれに背を預けて、もう一度意識を飛ばした。



***



「…名前」
 いつもの無表情のまま、だが声音だけはとても柔らかにそっと彼女に近づく。その瞳はどこか悲しげに揺れていて、作った拳はきつく握られていた。鎧糸は横たわる名前を見てはあ、と重く息を吐いた。そしてそっと彼女をもう一度抱えてその場から出て行った。



***



『……ん…』

 見慣れた天井、少し硬めの寝台、書物の広がる机。自分の部屋だと気づくのにはそう時間はかからず、名前はゆっくりと起き上がり、ふと窓際のほうへと視線を移す。そこには鎧を身に纏った綺麗な髪色の、よくしった彼がいた。

『………鎧糸』

 ぴく、と彼の耳が反応してゆっくりと名前の方を振り向き、その無表情が少し柔らかくなる。そして名前の方へとゆっくりと歩いていく。名前もそっと寝台から降りて彼へと向かって歩く。そして二人は立ち止まると互いに見つめ合う形になる。

『鎧糸………その、ごめんなさ、』

 その言葉は彼によって遮られ、彼は名前を包みこんだ。

「悪かった」
『…えっ……』
「ずっと、こうしたいと願っていた」
『っ…でも、』
「もう、いい。もういいんだ。父にも許可は貰ってある」
『なんで、そこまでっ』
「…どうしても、伝えたい言葉があった」

 その言葉に名前はそっと顔を上げて鎧糸を見る。鎧糸は小さく笑ってみせた。

「愛している」

 その言葉に、名前の瞳は大きく揺らぐ。そしてその瞳からは大粒の涙が頬を伝って零れ落ち始める。それを見た鎧糸はその涙を何度も拭い、そして一度何かを躊躇った後、ゆっくりと名前に顔を近づけた。それに気づいた名前はゆっくりと瞳を閉じる。
 鎧糸は、それを見た後、小さな笑みを浮かべて口付けを落とした。長いようで短いそれは、やがて彼がゆっくりと離れていき終わる。名前は目尻に涙を浮かべたまま、そっと彼の頬へと手を添える。

『――鎧糸』



捨てた言葉があった。
伝えたくて仕方ない言葉だった。
伝えられない言葉だった。
その言葉を、もう一度だけ、貴方の為だけに。



 ふわりと微笑みを浮かべて、その言葉をゆっくりと、出来るだけ伝わるように紡ぐ。

『愛しています』




111220 完結



あとがき。
鎧糸連載「捨てた言葉をもう一度」連載終了致しました!
たった4か月間の作品でして、前作前々作よりも製作期間がそこまで長いわけじゃないので一気に詰め込み過ぎた感は抜けません…。
何かしら、あとで手直しは加えるつもりです、でも大満足です。

鎧糸というキャラが良く分からないまま書いた作品ですが、色んなコメントを頂きました。本当に有難う御座います。
彼って原作でちょっとしか出てきてないので、怒りっぽいのかな、でもなんか師父には従順そう、兄弟にも敬語…?みたいなイメージが強かったです。
でもそのイメージの一つもあんまりこの作品には入ってないというね…。オリ小説って言っても過言ではない←
悲恋にするつもりは元よりなく、必ず幸せにしたいなーと思ってました。そういうのは前作の「巡る独奏歌」で満足しきってしまいました。
では、また次回作でお会いしましょう。本当にご声援ありがとうございました。




111220 完結



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