弐之神


「あの、名前…さま?」
『あっ、…申し訳ありません、珠龍様』

 ぼうっとしていた名前心配して、珠龍が声をかければ彼女はハッと我に返って苦笑を溢した。昔のことを思い出すとは、自分も随分と年寄り臭くなったものだと小さく溜息をついた。それに珠龍は心配そうに名前に気遣いの視線を送る。それに気づいた名前はまたもや苦笑をする。

『大丈夫で御座いますよ、珠龍様。疲れているわけでは御座いませんから』
「そうですか。それなら、いいのですが…」
『珠龍様に心配をかけさせてしまうとは…私も随分と昔に比べ、劣ってしまったようです』

 ふう、と息をはいて珠龍がサインを書いた書類をまとめ上げる。それには珠龍も苦笑を溢すだけだった。名前は「では東王父様の元へ行って参ります」と一礼して部屋から出て行った。



***



『東王父様、失礼し致します』

 そういい入った瞬間、名前はびくりと肩を揺らした。そこには思いもよらない人物が座っていたからだ。そのものは名前にゆっくりと振り返るとにこやかに笑った。

「やあ、名前。元気にしているかい?」
『ひ、き…さま』

 にこり、と笑った比企に名前は背筋が凍る。そして名前は表情を強張らせたまま、彼の近くを避けるようにして東王父の座る机に向かう。そんな様子にも関わらず、彼はにこにこと笑っていた。

「名前、いらっしゃい」
『東王父様、珠龍様からの書類です』
「いつも悪いわねぇ」
『いえ…これが、私の仕事ですから』
「…ごめんね、名前」

 それが、どんな意味を秘めているのかを名前は瞬時に悟って表情を歪めて首を横に振った。名前は「では、これで」と一礼して東王父に背を向ける。そしてこの場からさっさと立ち退こうと急ぎ足で部屋から出て行こうとする。
 だが、比企の横を通り過ぎようとした瞬間、その腕は掴まれ後ろへと引かれる。それに名前は逆らう事が出来ずに、そのまま比企の腕の中へと納まってしまう。それに名前は体から血の気が引き体を強張らせた。

「ねぇ、名前」

 びくん、と体は素直に反応する。ぎゅっと抱きしめられた体からは力が抜けていく、全神経が耳へと集中してしまう。

「そんなに怖い顔しないでよ」
『っ…』

 徐々に、彼の顔が耳元へと近づいていることは、彼の吐息の所為で明らかだった。そして彼の唇が名前の耳に触れた。

「笑って」
『っ…比企、様っ…!』
「俺の前では笑っていてよ」
『やっ…!』

 そういい身を捩じらせる名前だったが、比企はそれを止めさせるように力強く抱きしめる。そして比企は名前の首筋に顔を埋めようとすれば、すんでの所で止めが入る。

「やめなさい、比企」
「やだなあ、香茗。ただの戯れじゃないか」
「それでも度が過ぎてるわ。アンタの戯れは、この子にとっては毒よ」

 そういって、べりっと音がつくように名前を比企から離す。それには名前もほっと息をついて東王父に「申し訳ありません」と一礼した。東王父はそれに「いいから、早く珠龍のところへ帰りなさい」と促す。名前はそれに申し訳なさそうに部屋から早足で出て行った。

「あーあ、行っちゃった…」
「いい加減にしなさいと何度言っても聞かないわね」
「だって、あれは俺の可愛い可愛い奴隷だよ?」
「あの子は、あんたの奴隷なんかじゃないわ。あの子はあんたと対等の神よ。それをあんたが穢した」
「あははっ。龍王の息子である俺と対等かあ…香茗も面白いこと言うね」
「比企っ!」
「怒んないでよ。俺は純粋に、あの子が好きなんだから」

 比企は楽しそうにその口角を吊り上げたのだった。



110919



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