漆舞


「ほら、あれよ…仙籍を剥奪されたっていう…」
「当然だろ。平様にあんなことしたんだ」
「そうよねぇ。ああ、でもあんなのが街中を歩くなんて…」
「本当、きつい処分でもしてくれりゃよかったのに…」

 ヒソヒソと話す声は、ほぼ名前には丸聞こえ状態だった。だが名前はそれを気にすることなく街中を憮然と歩いている。その隣を歩く聖火と庵の目つきは鋭く人を近寄らせないようにしている。

「主をこのように侮辱して、ただで済むと思うなよ…」
『聖火、落ち着きなさい。何も知らない一般市民には手を出さないよ』
「一般人な…いずれは、加害者になるんだろうが」
『はははっ。民全てを巻き込むくらい大きなことはしたくないよ』

 そう。彼女のしようとしていることは宮中だけでのこと。それ以外の何の関わりも持たない一般市民を巻き込もうとは思っていない。だが、こうも噂が広まり過ぎるとそうもいかなくなるものなのだ。

『さて…どうするか』

 そう呟いた時だった。目の前から見なれた女が歩いてきたことに気づいた名前。その両隣に控える二人は殺気を放ち始める。名前はただ女が自分といい距離にくるまでその場で立ち止まり待っていた。そして女――乙子は名前に気づくとあからさまに表情を歪めて見せた。

「ひっ…こ、来ないでっ!」
『別に…』
「い、や…いやいやいやっ!! 助けて、誰か!」

 その声を聞きつけて街の荒くれ者連中含む男達は周りを取り囲みだす。名前はそれにはあーと盛大な深い溜息をついて瞳を細めた。乙子の必死の演技と、表情。それが反吐が出るほど気持ちが悪いのだ。

『お静かにして貰えませんか。ココは中心街ですよ?』
「てめえ! 原因はてめえだろうが!! 堂々と街中歩いてんじゃねぇよ!!」
「そうだそうだ!! てめぇみたいな汚物が街中歩いていいと思ってんのか!?」
『…哀れ』

 ぽつり、と呟いた言葉は使役神の2人にしか聞こえなかった。汚物を庇っているのか一体誰なのか分かっているのか。お前達の方なんだぞ、と名前は視線を逸らす。それに一人の男がぐっと名前の胸元を掴み上げた。

「おい、謝りやがれ」
『……何にですか』
「此処を歩いた事と、平様に決まってんだろ!!」
『歩いたことが、罪になるんですか』
「てめえみたいな屑が歩いていい筈ねぇだ「貴様のような虫けらが主上の胸元を掴むな」」

 その言葉と同時に、名前の胸元を掴んでいた男は後方へと飛ばされた。声の主は、庵で先程よりもただならぬ殺気を放っていた。名前はそれに表情一つ変えることなく「庵」と小さく咎める声を発した。だが、彼はそれにすぐには従うことはなかった。

「庵…主が止めよと申しています」
「此処で止めて、今何の得がある? あとで名前が苦しめられるだけだ」
「その言葉、そっくり返させて頂きます。此処で問題を起こしても、何の得にもならないでしょう?」

 聖火がそういうと、庵は渋々殺気を弱めた。名前はそれに涼しげな表情で見ており、そしてゆっくりと乙子へと視線を戻した。

『平様…あまりおイタが過ぎるようですと、藍様に迷惑をかけることになりますよ?』
「あ、あなたの所為じゃないっ。乙子は、何にも悪くないものっ!!」
『無知は罪。この国のことすら何も理解していない貴女に、仙の座など本来ならあるはずもないのです』
「てんめぇっ、口が過ぎるぞ!!」

 周りを取り囲む民衆達のざわめきと使役達の殺気が交差する。その真ん中に立つ二人は周りなどあまり気にしてはいない。むしろ、視界に入れてはいないのだ。

「何事だっ!!」

 声の主が、誰なのかなど名前にはすぐに分かった。乙子は一瞬余裕の笑みを浮かべて、声の主の名を叫んだ。

「采和!!」

 プチン、と名前の中の何かが切れた音がした。本当に、この女は馬鹿なのだと。騒ぎを聞きつけ双子を背につけやってきた采和はこの状況を見て表情を歪めた。

「平…無事か?」
「ふっ、うっ…大丈夫、ですぅ」
「そうか…」

 ほっと安堵の表情へと変わる采和を、名前はただ暗い表情で見ていた。相変わらず、優しいのだ、彼は。だから名前は采和を壊してしまうのが嫌だった。何でも自分の所為にしてしまう、采和のことが。

「蒲牢、澄風、民衆を頼んだ」
「はい」

 双子は声を揃え返事をすれば、民衆達を下がらせ始める。その場に残っているのは采和と乙子、そして名前とその使役二人だけだった。

「お前………仙籍を剥奪されたにも関わらず、大きく構えたものだな」
『それは私の罪ではないからです。そして剥奪したことは私の恥じではなく、…貴方方の恥じですから』

 その言葉に采和はカッとなり、手を思いきり振り上げた。名前はそれに瞳を伏せただけで自分を護ろうとはしなかった。そして乾いた音が当たりに響く。使役二人はそれに許すまじと武器を取り出そうとしたが名前がそれを止めさせる。

「ふざけるなよ……お前はもう普通の人だ。でかい顔して街中を歩けるほど立派じゃない」
『…立派とは、なんですか。仙と一般人はそんなに差別されるものだったのですか』
「そういうことを言っているんじゃ『違うんですか。誰が聞いたってそうとしか聞こえない』…」
『もういい…藍様。貴方には失望させられすぎました。これ以上は無意味です』
「主」
「主上」

 使役二人は少し焦りを含めて名前を呼ぶが、彼女は一向に気にすることはない。

『…時間がない。急ごうか…終結へと』
「…はい」

 名前の言葉を乙子も采和も理解することは出来ない。その言葉の意味を知るのは、彼女の使役神のみでその言葉はどれだけの重さなのか知ることは出来ない。名前はすっと采和の脇を通り過ぎて彼の人の元へと急ぐのだった。



110611



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