弐舞


 街中を歩くのにも、痛い視線が飛び交っている。どこに行っても、私は嫌われ者のままなんだな、と一人苦笑いを浮かべる。隣を歩く切が民衆をギロリと一睨みした。

『こら、切。何にもしてない人たちにそれはないでしょう』
「馬鹿を言うな。あのような汚らわしい瞳でお前を見ること事態間違っている」
『おい、言い方が酷くなってるぞ』
「ふん」

 鼻を鳴らしてそっぽを向いた神に、私は声を上げて笑った。今、私と切は四凶の一人・饕餮の比企の元へと向かっている。本来、比企と会う事が出来るのは高官だけ。だが東王公の許しで私は合う事が出来る。ただ、これを気に食わない者達が「東王公に媚を売った」という。
 馬鹿馬鹿しくて反吐が出る。なぜあのような方に媚を売らねばならない。大体にして、あの方は媚を売られればバッサリ切り捨てるような方だ。そんな恐ろしい方にその様なことはしたくない。あぁ、考えただけで寒気が…。ぶんぶんと頭を左右に振れば切が不審めいた瞳で見てきた。

「にしても…比企以外捕まらないとは、八仙も墜ちたものだ」
『そういうのは止めなさい、切。あちらも自らの命を削ってらっしゃるんだから』
「はっ。そのまま倒れ伏してしまえばいい。そうすれば白豪も苦しむ事はない」
『…一葉のことを考えれば、ね。あの子が不憫で仕方ない』
「そう仕掛けたのは、貴様の幼馴染だ」
『……アレを、もう幼馴染とは呼ぶなと言った』

 声のトーンを低くすれば、切が瞳をうっすらと細めた。そして口角を吊り上げて歪んだ笑みを浮かべた。わざと言った事などばればれだ。

「気に障ったか」
『挑発したお前がそれを言うか』
「悪いな。どうも、最近はこの国に留まっているから、退屈なのだ」
『あとで東王公に仕事を貰いに行こうか』
「あぁ、そうして貰えると助かる」

 相変わらず、私は使役達には甘いなと笑いを溢した。まあ、お互い様ではあるのだが。そして比企の住む宮へと辿りつくと、部屋へと案内される。その女中の目が気に食わなかったのか、切は不愉快極まりないとばかりに苛々している。
 そんな切を見て小さく溜息をつけば、「着きました」と声をかけられた。確かに、比企の部屋の前についていた。女中はそそくさと立ち去る。その後ろ姿に、切は思いきり舌打ちをする。

「胸糞悪い」
『落ち着きなさい。あんな態度はもう慣れたでしょう』
「慣れたの一言で済ますな。後で痛い目を見ることになるぞ」
『その時はその時だよ』

 その言葉に、切の眉間の皺はより一層深まった。そんな彼に私は声を立てて笑って、そして比企の部屋へと足を踏み入れた。

「……誰?」
『人を呼んでおいて、それはないんじゃない?』
「あ、名前! それに切も」
「私はオマケ扱いか」
「だって僕が用があるのは名前だもの」
「貴様はつくづく癪に障る奴だな」
『こら、二人とも。喧嘩しない』

 仲裁役の私が小さな溜息をつけば、二人は渋々と引き下がった。そして比企と対面するように座り、小包を比企に渡す。中身は菓子が入っている。

「ありがとう、名前」
『どう致しまして。比企は甘いもの好きだからね』
「名前が持ってきてくれるから、甘いものには困らないよ」

 そういって早速小包を開けて菓子を口にし始める比企。そんな比企の前でそっぽを向いて腕と脚を組む切。

「それで? さっきから刺々しい雰囲気の切は、何が不満なの?」
「……宮の女中の態度が気に食わん」
『まったく、もう…』
「あぁ…。名前に対する、ね。僕からも言ったんだけどなぁ」
「貴様のそのなめられるような態度がいけないのだろう」
『だから、やめなさいって』

 切を連れてきたのは間違いだったか、と今更ながらに後悔する。何かと正反対な二人は見ていて飽きないのだが、この口論を止めるのが大変なのだ。せめて、雷蓮か庵を連れてくるべきだった、と気づかれないように嘆息した。

「名前は、もういいの?」
『ん? なにが?』
「藍さんの隣にいる気色悪い女のこと。あれのせいで、君は大変なんだから」
『…今更、どうこう出来るって問題でもないからね』
「見ていて吐き気がする。声聞くだけでも力が削がれちゃうみたいな」
『はははっ。それは凄い効果。藍としてはありがたいんじゃない?』
「僕は今すぐにでも消えて欲しいだけど」
「なら、貴様が喰えばいいだろう」
「あんな不味そうな奴、こっちから願い下げするよ」
『違いない』

 ははは、と笑って何気ない悪口を言えるのは比企だからだろう。比企以外でこんな風に奴の悪口を語れるのはいない。使役にも出来るだけそういう話はしないようにしている。なんだか、比企に悪い役目を負わせているみたいで少し気が沈んだりもするけれどね。

「でも、僕が喰わなきゃいけない日が来るんじゃないかな?」
『へぇ。それは、いつ頃?』
「名前が泣いた時」
『…言ってくれるわね』

 私は泣かなくなった。それは、藍が遠ざかってからだと思う。曖昧だけど、きっと私が次に泣くのはもうないって思っている。嬉しくても悲しくても痛くても、私にはもう感情の一つにも思えないから。静かに微笑みを浮かべれば、比企もそれに微笑みを返してくれたのだった。



110221



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