賑わう商店街のひょんな小道。そこを進んでいくと入り組んだ細道へと続き、更に奥へと歩みを向ければ木の生垣が構える街外れのひっそりと営む薬局まで辿り着く。
 総二階建ての和風建築には「すばる堂」の看板が掲げられ、開け放たれた玄関の引き戸からは店内の様子が伺える。瓶や箱に詰められた薬が棚一面に陳列し、奥の会計処は小上がりの和室となっており店主が読書を勤しんだり来客と談笑する姿がちょくちょく見受けられる。

 ちりん、ちりん――。

 来客を告げる風鈴の音に、肩肘を机に乗せて頬杖を突きながら帳簿を捲っていた名前の手が止まり視線は入口へと向けられた。

『おかえり、祥吾。問題は?』
「……、なんもねェよ」

 パンツのポケットに両手を突っ込んだままずかずかと彼女の元へとやってきた彼は、卓上にビニール袋を置いてどすん!と小上がりへと腰掛ける。そして飲みかけの湯呑みを手に取って口つける彼に構うわけでもなく、名前はビニール袋へと視線を向けた。『これは?』

「浦原の野郎が持って行けとさ。やっすい賄賂かっての」
『ふぅん……変わりなかった?』
「チッ、相変わらずいけ好かねぇ野郎だ」
『…お疲れ様』
「全くだ。ったく、コッチは溜まりまくる一方だぜ」
『んじゃあ今夜はかぶき町にでも行って来れば?』
「やめろ、アソコのあばずれ共の相手なんかコッチから願い下げだ」

 威圧的な凶悪面の彼――灰崎祥吾の不遜な態度にも顔色一つ変えずに対応する若い女、というのは傍から見たら異様な光景かもしれない。だが出会った当初の手の施しようもない糞餓鬼だった頃に比べれば随分と大人しくなったものだと名前は懐かしく思い忍び笑いを浮かべる。

「あー、あと光サン今週末来るってよ」
『じゃあぜんざい、用意しておかないとね』
「…今日の晩飯は?」
『勿論、唐揚げですが何か?』
「別に…」
『ここ最近の頑張りには御褒美をあげなくちゃ失礼じゃない?』
「なんも言ってねぇだろクソババァ」
『一歳差なんだから私がババァならお前はクソジジィでしょーよ』
「減らず口がっ」
『夕飯、油淋鶏にしてやろうか?』
「スイマセンデシタ」

 大好物の唐揚げからチェンジされてしまうのはそれほどに嫌なのか、と笑いたくもなる名前だったが堪えておかないと更に機嫌を損ねてしまうとなんとか押さえ込む。彼女にとって灰崎は手のかかる大きな弟のような存在だが、信頼のおける仲間としてその功績を充分に認めている。灰崎自身が名前のことをどのように思っているかは知らないが、凶暴で反抗的だったやんちゃしてた頃よりかはきっと信頼されているのではないだろうかと踏んでいる辺り、「甘いんだよなぁ」と微苦笑を浮かべる。

「ア?何が甘いって?」
『ふふっ、母性って奴かな。老けたなぁ私も』
「十七の時から変わってねぇだろ、顔も胸も身長も」
『はっはっはっ、死にてぇのかショーゴ
「冗談だよジョーダン!だからソレしまえっ」

 常備しているスチェッキン・マシンピストルの銃口を瞬時に灰崎の眉間に押し当てた名前の表情は、その明るい笑い声とは似つかわしくないほど恐ろしい無表情だ。身の危険に思わず両手を挙げて降参の意を唱える灰崎に『面白くねぇ冗談だな』と低い声で呟き、銃をしまった名前に彼はそっと息を吐く。たまに禁句を口にすればいつもこれだ、と。

「つか、あの野、…佐久間サンどこ行ったんだよ」
『佐久間さんなら結城さんに呼び出された。当分は帰って来ないだろうよ』
「ハッ。暫くあの長ったらしい説教を聞かされねぇと思うと清々するぜ」
『帰ってきてから普段の倍食らう羽目にならないようにね』
「ンなヘマしねぇよ。茶、おかわり」
『はいはい。あ、そうそう。この前ホテル・プリンスの連中に手貸したお礼でいい酒何本か届いたから、今夜一本くらい開ける?』

 目の前に置かれた湯呑みにボトルに入っていたお茶を注ぎながら、思い出したように提案を口にした名前に灰崎は「ケチくせぇ」と漏らし湯呑みを受け取る。

「久々に旨い酒が味わえんだから一本じゃ足んねぇだろ」
『そう?残りは光が来てから労いにどうかと思うんだけど』
「元を辿れば光サンの組織からの贈りもんで労ってどうするよ」
『…それもそうか。じゃ、明日良いウィスキー仕入れてこよーっと』
「そうだな。……今日の来客は」
『午前に三組五名。午後は一組一名。…閉める?』
「話がある」
『わかった。外の戸締まりしたら先に部屋行ってて。レジ締めしたらすぐ行く』
「はいよ」



裏社会で生きる組織のできごと

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