『…失礼致します』

 音もなく開けた襖の向こうには、煙管をふかす男と小柄な青年が対面する形をとっていた。彼女はそれを一瞥して室内へするりと滑り込み、襖を閉めて青年の左隣へと移動し腰を下ろした。その間男二人が交わす言葉はなく、彼女が揃って漸く目の前で紫煙を燻らせる男が口を開いた。

「急に呼び出してすまないな、永倉、名字」

 永倉と呼ばれた青年は口元を緩め、彼女もまた薄く微笑んだ。この人の呼び出しは、いつだって急なのだから。

「俺達二人を呼ぶってことは何かあったんですか?」
「いや、大したことじゃあない。来週末の新入隊士の出迎えを、お前達に頼みたい」

 来週末――四月上旬、毎年恒例である夜狼組の新入隊士入隊日が刻一刻と近づきつつあった。彼女が入隊したのはもう二年の前のことだが、特例ともいえる入隊だったために新入隊士よりも二月あまり遅れてから入ったので、当時としては異例の十三歳での入隊と立ち上がったばかりの特殊部隊への所属で良からぬ噂が立ったことはまだ記憶に浅い。
 もうそんな時期が来たのか、としみじみ思う彼女の隣に座る永倉はきょとん、とその丸い瞳で男を真っ直ぐに捉えた。

「俺達が、ですか?」
「普段なら山南さんの仕事なんだが、生憎出張が入っちまったからな。代わりを務められるとしたら永倉、お前が適任だろう。名字はその補佐役だ」ふむ、と永倉が顎に手を添える。
「成程。まあ俺も名前ちゃんが補佐なら心強いですし、問題ないかと思いますヨ」
「そうか。名字、異論はあるか?」
『いえ。土方副長の仰せのままに』

 瞳を伏せて承諾を口にした彼女に土方と呼ばれた男はひとつ頷く。

「決まりだな。詳細は山南さんが資料を用意してくれているから、それに目を通しておけ。また何かあれば言づける。話はそれだけだ、わざわざすまなかったな」
「俺は今日非番でしたから。にしても、骨のあるやつは入ってきますかね」
「今年はなかなか見所があるやつらが揃っている。去年の二の舞にはならねえさ」

 そういえば昨年度入隊した隊士達の半数は辞めていったな、と彼女は思い返す。おかげで雑務は増えるわ仕事に追われるわでなかなか休む暇がなかった。
 そんなことをぼんやりと懐かしんでいれば、襖の向こうから「失礼しますぅ」と訛り交じりの聞き慣れた声が聞こえ、からりと襖が開かれる。姿を見せた黒髪の青年は三者の姿を捉えると、そのなかにいた彼女に焦点を合わせ「ああ、やっぱおった」と口にした。

「お取込み中すんませんけど、名前貰てってもええですか?」
「須磨。なにかあったのか?」

 眉間に皺を刻んだ土方に、須磨が「大したことやあらんのですけどね」と笑って目を細めた。

「ちょお西で不穏な動きがあったらしいんですわ。そんでいま出向けるの俺と名前しかおらんので」
『由良さんはお戻りでは?』彼女に須磨は首を横に振った。
「足止め食らってあと半刻ほどは帰ってこれへんって連絡入ったわ」

 せやから非番の俺とお前しか出れんのや。と須磨が肩を竦めれば、土方が煙を吐き出すと「わかった」と彼女を一瞥しそして須磨へと視線を戻す。「ちょうど話は終わったところだ、連れて行け」

「ありがとうございます。ほなわけで名前、すぐ発つで」
『はい。では副長、永倉隊長、失礼致します』
「ああ、気をつけてな」
「頑張ってネ」

 二人の言葉にひとつ頭を下げて彼女は須磨に付き従い、ぱたんと閉じられた襖の向こうに姿を消した。
 残された永倉はそれを見送ると「それじゃあ俺もお暇します」と、よいせと腰をあげた。

「…永倉」
「はい?」

 既に縁側へと顔を向けている土方の表情は読めず、永倉は小首を傾げる。

「名字は、お前の目から見てどうだ」
「……どう、とはどういう意味ですかね」

 その言葉の真意がわかり兼ねない、と投げ返した永倉に土方は暫しの沈黙を落とした。そして。

「…すまない、いまのは忘れてくれ」

 そういい、コン、と土方は煙管の灰を落とした。永倉はそれに何も言わず「では、失礼します」と部屋を出ていく。そして後ろ手で閉じた襖に背を向けたまま、永倉はぽつりと呟いた。

「仲間じゃ、ないんですか」

ピスメ×etc...で自警組織@



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