わたしは、その色を持って生まれなかった。



その色に、焦がれていた



 兄が持って生まれたその色にいつも視線が惹かれていた。鏡を見た時に、自分と兄の大きな違いと言えば、男女の違い以外にその色が大きかった。その色を幼い子供にも簡単に現すとしたのなら、紫。その色は幼いわたしにはなによりも美しく、興味を惹かれたものだった。
 父にも母にも似なかった自分の色をわたしは周りから馬鹿にされていた。「お前は貰われっ子なんだ」「兄ちゃんと比べてみろよ、全然似てねぇもん!」などと、幼いわたしに突き刺さる言葉は決して優しくなんかなかった。生まれ育った環境を憎むことはなかった。きっと、どこに行っても同じだとその時から分かっていたのだと思う。
 家族全員が揃って食事をするとき、いつも私はそれを見てしまっていた。食事に集中することはおろか、そのことばかりが頭に浮かんでは消え、周りから言われた言葉も同時に浮かぶ。父と母はそんな時、わたしを怒ることはせずに、いつも気にかけていた。なにかあったのか、虐められたのかと心配してくれていた。それにわたしは決まって首を横に振っていた。虐められたわけではない、ただどうしても自分が手に入れられないそれを目の前にして、他のことに集中できるはずなどなかった。
 それからわたしは、時が経つにつれ、どんな人のそれも見てしまうようになった。気がつけば、いつもいつも、そればかりを追っていた。自分と他人が違うのは、分かる。だけど家族と自分が違うのは、どうしてだろう。そんな思いが強くなり大人になるにつれて変な考えが浮かんでくる。「本当は自分はあの子たちが言ったように養子なのかもしれない」「私はどちらかの連れ子だったのではないか」「父とは別の人の子であった」など最低な考えに悩まされ続けていた。
 利口になれば、色を変えられることを知った。染料物を手に入れて変えてしまおうとした。自分の誰とも違うこの色が大嫌い過ぎて。だけど、そうしようとした時、運悪く兄に見つかった。

「…名前、」
『なに…お兄ちゃん』
「お前、何してんの」
『…髪、染める』
「なんで。不良になりてぇの?」
『違う』
「じゃあなんで」
『…だって、お父さんともお母さんともお兄ちゃんとも、違うんだよ。変だよ』

 そういうと、兄は顔を顰めた。そして私の手にしていたそれを無理矢理奪うとごみ箱に投げ捨てた。

「なんで変って思うんだよ。名前は名前だろ」
『だって、皆一緒なのに、わたしだけ違うもん…』
「一人だけ違うから変って思うのか?」

 こくん、と頷いた時点でわたしは泣いていた。ごしごしと服の袖で必死に涙を拭って泣き顔を見せたくないと俯いていた。そんな様子に見兼ねたのであろう、兄はわたしの頭に手を置いたかと思うとぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

「違くねぇよ。だって、お前の髪の先、俺と一緒だぞ?」
『で、もっ』
「それにお前の髪はキレイだよ」

 「キレイな色だよ」と言った兄を、わたしは顔を上げて凝視した。キレイ、きれい、綺麗。兄はわたしの髪を綺麗と言った。誰にも似なかったこの色を。今まで散々羨ましくて欲しがっていたその色を持つ兄が、私の持つ色を綺麗だと言ったことに実感が沸かずにただ呆然としていた。9歳児にとって、その言葉はかなり影響が大きかったのだろう。
 やがて兄は「髪染めんじゃねーぞ」とぶっきらぼうに言い放って部屋から出て言った。夕飯の時、なにか言われるんじゃないかとそわそわしたが両親は何かということはなく、兄は黙っていてくれたのだと気づいた。そんな兄の後ろ姿を、その色をみて私は眠りについた。

 その色が、羨ましかった。その色が、ずっと欲しかった。その色に、焦がれていた。



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まだお兄ちゃんがバイオレンスじゃない頃。
この1年後くらいにプロレス技がかけられ始める。

11/11/13

暴れん坊な遠野妹と兄



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