『で、キノP? いつまでそっぽ向いてんの?』
「いい加減キノPはやめろって言っているだろう」
『ああ、それで拗ねちゃったんだ』

 とある午後の授業中。後ろから一つ前の席の窓際の女は、頬杖をつきながら隣の席の男――つまり俺を見た。その表情はどこか楽しげであり、いつも通りのムカつく含み笑みを浮かべていた。

『いっそのこと、キノコの山でもいいと思ったんだけどねえ』

 ふぅ、と息をつくそいつを睨みつけてもやはりいつもと同じくスルーされる。どっからどう突っ込んでいいか分からない。そんな女が名字名前だ。

『それじゃあだ名としては長すぎるからね。やっぱキノPでしょ』
「どっちにしろ嫌だ。つか、日吉でいい。苗字で呼べ」
『それじゃ面白みがない。一時期CМではやったタケノコでもいいね』
「お前、テレビ見ないって言ってたじゃないか」
『yout●beで見たんだよ』

 ケラケラと笑う名前は、黒板に目をやる。教師が黒板に文字をすらすら書きながら喋っている中、俺らの手は止まっている。勿論、口だけはかなり早いペースで動いているが。

『ああ、そう考えると、キノPっていいかもね。ほら、ボカロPさんの中に●ノPさんているし。うん、いいね。キノP採用』
「何でそこで採用になるんだ。つか、お前しか呼ばねえよ」
『そこなんだよねえ。鳳君は苦笑するだけだし、樺地君は無言だし』

 名前の表情は心底つまらなそうな表情に変わった。

「だからどうして鳳と樺地は苗字なのに俺だけあだ名なんだ」
『…さっき言った事忘れちゃった? 仕方ないなあ。だから、面白みがないんだってば』
「俺を面白みで決めるな、この博識女」
『あら、最高の褒め言葉をありがとうキノP』
いい加減にしろ

 怒気を孕んだ言動でも目の前の女はびくともしない。引き攣った表情を見せれば、名前はニヤリと口角を吊り上げた。確信犯め…。

『にしても、今日はのどかだねえ』
「ああ。お前が黙っていてくれるともっと和だ」
『ははっ。ほんっとにキノPってば減らず口』
誰 の 所 為 だ

 慣れ過ぎてしまった日常に、俺は頭を抱えたくなる。名前はそんな俺を見て笑って、やがて窓の外を眺めた。

『今日は絶賛のスケッチ日和だ』

 眩しそうに太陽を見上げるそいつは、どこか嬉しそうな表情をする。黙っていれば本当にいいものを…。小さく嘆息を零せば、聞こえたのかクスクス笑う。

『じゃ、今日はキノPを描こうか』
「遠慮しておく」

 美術部所属のコイツの描く絵は上手いが、悲惨だ。描かれた奴は今までにもいたが、全員目尻に涙を溜めて絶叫しながら逃げて行く。それを描くコイツもそれで凄いんだが…。まあ、変な才能の一つだ。

『遠慮しなくていいのに。キノPだけは真面目に描いてあげるよ?』
「それが逆に怖いっつってんだよ。跡部部長でも描いてろ」
『会長? 会長描くのってかなり労力消費するんだよね』

 名前の顔が少し歪んだ。あの人の顔はなにやら難しい部類に入るらしい。他に誰かいないのか、と問えばいないという。まあ、あの人は性格からして難しい。

『ってことで、今日はテニス部描きに行こうか』
「勝手に決めるな。部長と監督に許可取れ」
『そこはキノPの顔パスでしょ』
「意味分かんねえよ」
『分かってよ』
無理に決まってんだろ

 やはり、コイツの頭の中はどうかしている。そんな午後の授業の一時だった。

日吉と隣の席の奇人@



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