惨忍なる善人の巣窟

 死神派遣協会の中でも特殊な位置づけにある特務課の総職員数は、管理室長を除いて計四名が在籍している。


「四ツ谷、先日の件だが…」


 百余年前の特務課創立時より所属している佐久間。彼は元々治安組織の者であり、諜報課との連絡係を請け負っていたところを室長の結城に目をつけられて試験を突破し今に至る。責任感が強く生真面目な彼は優秀でありながらやや脳筋なために融通が利かないこともあるが、長年培ってきた実績から特務課において信頼の厚い存在だ。


「あ、夜宵ちゃん! 諜報課から呼び出しくらってんでぇ〜今度は何したん?」


 親しみやすい人柄で関西訛りの原哲也。創立から二十年程経過した頃に移動を命じられ特務課に席を置いた。物腰穏やかなひょうきん者でその人柄からか特務課職員としては珍しく他課の職員達とも繋がりを持っている。誤解されがちな見た目に反してしっかりしており、サポートやフォローも得意としている。


「オイ、夜宵…」『あ゛?』「夜宵サン、報告書なんスけど…」


 そして新入り(といっても十年前)の灰崎祥吾。素行不良で凶暴性の強い、課の問題児とされ佐久間とは度々衝突を起こしているが、移動してきた当初に比べれば格段とマシになった。またその身体能力から重宝されており、体を張る危険な任務においては一番の功労者である。


『今日も平和…』


 紅一点である四ツ谷夜宵は佐久間と同じく創立時より所属する古参者だ。ただし彼女の経歴は他三人と比べても特殊になる。また女の身でありながら彼らを遥かに凌ぐ強者で【鬼神】の異名を持ち合わせているが、あくまで本領が発揮されるのは戦闘時においてのみ。普段は明るく温厚な女性だ。
 この四名で構成された特務課を率いるのは、諜報課室長兼特務課室長の結城だ。上層部との折り合いが悪いことで有名な彼だが、個性と我が強い職員達を鍛え育て上げ回収課にも劣らない実績を数多く出していることから魔王という呼称を使われることも多い。彼が管理室長を兼任していることから特務課と諜報課の職務室は隣り合わせとなっており、二課の職員同士の連携も取れていて仲も良い。いいのだが――。


「灰崎ィ! てんめっ、みなみちゃんのこと寝取っただろ!!

『ッ、ゲホッゲホッ…』


 扉が設置されていない、互いの職務室に行き来できる出入口からどったんばったん!と慌ただしく顔を覗かせた諜報課の神永の予想外の一言に夜宵は思わず紅茶を咽返すことになった。


「えっなになに? また寝取られちゃったの?」

「うっわ神永だっせぇ」

「これで何度目だったっけ?」


 諜報課から甘利と波多野と田崎のからかうような声が聞こえるが、どうやら神永の耳には届いていないようだった。夜宵の隣にデスクを構える灰崎は背凭れに体を預け書類を眺めたままつまらなそうに口を開いた。


「アー…ミナミチャンってどれだよ。クロエの香水がきついEカップか?」

「それはりさちゃん! みなみちゃんはディオールの香水愛用Dカップ!」

「ああ、アイツね。大して上手くもなかったな、」バコン!

「真昼間からなんちゅう会話繰り広げているんやアホ」


 手にしていたバインダーで灰崎の頭を叩いた原は、未だ咳き込んでいる夜宵の背後に回るとその背を擦った。「夜宵ちゃん。平気か?」『…喉、痛いです』「ほい水。これ飲んで調子戻しとき」とペットボトルの水を差し出して諜報課の方へと原は体を向けた。


「神永くんもやで。うちには夜宵ちゃんおるんやから、そういう話は喫煙室でやってや」

「これで神永さんの株価は大暴落ですね。おめでとうございます」


 牽制する原とは対照的に笑みを浮かべたまま神永へ追撃を口にする実井。「元はと云えば灰崎のせいだろ!」と納得がいかないと腹を立てる神永に、彼はにやにやと意地汚い笑みを浮かべた。


「最初に話を振り出したのはそっちだろ、神永サン。俺に非はねぇはずだぜ」

「お前がことを起こさなければ、こんな話題を出すこともなかったんだよ!」

「奪われる方が悪ィんだよ、大事ならちゃんと躾と【ゴンッ】ッッ〜〜…!!!」

まずお前から躾てやろうか祥吾、ええ? 手始めに去勢すりゃ万年発情期でも安心だしねぇ?


 復活を遂げた夜宵は彼の脳天に拳骨をぶちかませば、それはそれは清々しいほどの満面の笑みを浮かべて、机の上に突っ伏して動かなくなったそれの頭上を見下ろした。流石灰崎の教育係だな、という呟きはおそらく福本のものだろう。


「夜宵ちゃん、それは手始めどころか男としての終わりやからな。あと今の拳骨で灰崎脳震盪起こしたから完全にイッちゃったから」

「あ、四ツ谷さん。神永さんにも一発入れてくれていいですよ?」

『あー…ばい菌には触りたくないんですよね』

「バイ菌!!?」

「はははっ、やっぱり四ツ谷さんは最高ですね」


 よほど面白かったのだろう、実井は目尻に浮かんだ雫を拭った。


「…灰崎はばい菌じゃないのか」

「おそらくな」

「神永のwww扱いwwwwwwうぇwwww」

「波多野が笑い死にそうだな」

「ちょっと波多野面貸せ」


 ――佐久間さんがいないときに限ってこれだからなぁ。と夜宵は内心嘆息する。
 基本的に職務に対して真面目に取り組む姿勢にある二課だが、たまにちょっとした騒動(主に灰崎か神永が原因となって)が発生するのは決まって佐久間が留守にしている時だ。ちなみに問題事は彼がいる時に発生する割合が高いので何とも言えない。しかも今日に限っては諜報課のまとめ役でもある三好が佐久間と揃って席を外している為にストッパーがいない状況で場を収めるのに一苦労しそうだ、と肩を落とした時だった。


「――何をしているんだ、お前達」

「やれやれ。今日はどういった騒動なのか…」

『佐久間さん、三好さん。お疲れ様です』


 タイミングよく現れた救世主にほっと安堵の息をつき、夜宵は両者に声をかければ佐久間が「どういう状況だ?」と近づいて来る。


「って、灰崎? オイ、大丈夫か?」

「灰崎は放っておいても問題ないですよ佐久間さん。自業自得っちゅーやつですわ。な、夜宵ちゃん?」

『哲也さんの仰る通りです、気にしないでいいですよ』

「そ、そうか…」

「そこは気にするところでしょう、佐久間さん。先ほど任務を与えられたばかりでしょ」


 半ば呆れたように口を挟んできた三好にぐっと佐久間は言葉に詰まるが、咳払いをすると彼女達へと向き直った。


「緊急任務だ。回収課が魂を刈り取り中に大量の魑魅魍魎が発生。直ちに現場に急行せよとのことだ」

「了解しました。夜宵ちゃんお願い」

『祥吾、起きなさい。お前の出番だ』

「ぐふッ……!!」


 容赦ないチョップを脳天へと落とせば、激痛に身悶えしながらも灰崎は意識を取り戻す。二度も衝撃を食らった頭を押さえながら上半身を起こす彼に『ひと暴れ、できる?』と席を立つ夜宵に一つ舌打ちをして彼もまた席を立った。「丁度良い憂さ晴らしだな」


「おーおー、怖い怖い。ほな俺は援護に回るんで前線よろしゅうな」

『今日の前線は佐久間さんと祥吾、私と哲也さんで後援ですかね』

「お前が前線の方がいいんじゃないのか、四ツ谷。魍魎共の相手は手慣れているだろう」

『まあ、そうなんですけど。何かあった時の対処として温存しといた方がいいかなと思いましてね』

「…わかった。今日はその作戦で行こう」


 そういい佐久間、原と扉の向こうへと消えていき、その後を夜宵と灰崎が続こうとしたときふいに声がかけられる。


「あ、四ツ谷。任務が早く終わったら今晩食事にでもいかないか?」

『先日の埋め合わせですか? でも生憎今日は祥吾と馴染みの料亭に行く約束をしているんですよ。おススメの店は後日にして、よかったら福本さんもどうですか?』

「それもいいな、そうしよう。小田切はどうする?」

『大歓迎ですよ』

「じゃあ、行こう」

「あ、僕も連れてってもらえませんか? 四ツ谷さんとは一度酒の席でお話してみたいと思っていたんです」

『では実井さんも入れて五人で行きましょうか』

「オイ、俺の意見は」

『ない。じゃ、いってきます』

「いってらっしゃい」

「お気をつけて」








「なぁ、俺四ツ谷さんのこと誘っても一度もいい返事もらえたことないのになんで!? なんで福本と小田切はオッケーなんだよ!!?」
「神永さんが下町でしょっちゅうナンパしているからってこの前言ってましたよ」
「あれ?じゃあ俺と田崎も論外ってこと?」
「おそらくはね。今度誘ってみようか」
「…僕はその中に入らないと思うんだけど」
「ああ。三好さんはナルシストだから怖くて無理、だそうですよ」
「……、」
「ざまぁみろナルシスト男」
「黙れパリピ男」
「波多野が笑いすぎて過呼吸起こしてるんだが」


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