――日付は変わり、七月七日。
 昨日は清花宅で彼女の母を交えながらの短冊や飾り作りを行い、笹も花菜の父が調達してくれ準備は整った。問題はどうやって笹を学校まで持っていくか(清花も花菜も流石に背負って持って行っては目立つよね、と渋った)だったが、そこは清花の父が快く学校まで運ぶことを引き受けてくれた。持つべきものは家族である。
 そんなこんなでHR終了後、清花は財前と伴って部室へと歩いていた。



「…なんや、お前今日機嫌ええな」

『ん、そう?』



 そこまで態度に出るわけでもない清花だが、財前とはよく一緒にいるためか感づかれやすい。別に内緒にすることでもないのだが、やはりここは部室へ行ってからのお楽しみとして取っておくのがいいだろう、と清花は誤魔化して笑う。そんな彼女に財前は一瞬物言いたげな表情になるが、すぐに前を見て歩き出したので左程気に留めなかったのだろう。
二人は昇降口へとつけば、見知った顔を見つけて声をかけた。『千歳さん』



「ん? ああ、清花に財前。二人共、早かね〜」

「先輩こそ珍しく早いやないですか」

「うちの担任夏風邪でダウンしたって、変わりに土屋先生だったけん、早かと」

『先輩んとこの担任て誰でしたっけ?』

「加藤先生たい」

「うっわぁ…あの暑っ苦しい加藤が夏風邪とか…笑えるわー」



 他愛無い話をしながら外履きへと履き替えて昇降口を出た清花達は、のんびりとした調子で部室へと向かっていれば、「おっ、千歳やー」「光と清花ちゃんも一緒やねぇ」と一氏と小春が相変わらず暑苦しい程くっついてやってくる。日照りもいいというのに、それこそぺったりとくっついているものだから、財前が「目に毒や…」と呟いた。



「千歳ぇ、お前今日こそちゃんと部活出ぇよ」

「せや、千歳ったら自由すぎるで」

「わかっとったい。そろそろ白石の堪忍袋の緒も切れるころやしね」



 そう肩を竦める千歳に清花はくすくすと笑っていれば、女子のきゃあきゃあという黄色い声が聞こえて一同は思わず其方へと視線を向けた。いち早くその人物が誰かを見極めたのは一氏だった。



「なんや、岸本やんか」

『ああ、相変わらず女子にからかわれてますね』



 岸本とは一氏と小春の担任で熱血漢で教師にしては口が悪いが、その名前から女子生徒にからかわれて遊ばれているところをよく見かける。



「みのりちゃーん」

「みのりちゃんてば、待ってよー」

「お前ら実理ちゃん呼ぶな言うてるやろが! ええ加減にせんと怒るで!!」

「もう怒っとるやん〜」

「ちゅうかみのりちゃんいつも怒ってばっかやし〜」

「うっさい黙らんかいガキ共!」



 ぎゃあぎゃあと騒がしい岸本と女子集団のやりとりを眺めていれば、その岸本の脇をすり抜けて見慣れた赤髪が小柄な少女の手を引いて駆けてくる。そのスピードは尋常ではなく、勢いよく岸本を撥ねて(この表現は間違っていないだろう)清花達のもとへとやってくる。



「清花ー!!」

『金ちゃん。花菜も』

「って花菜ちゃん魂飛ばしてるで?」

「いまに始まったことじゃなかとね」



 キキーッと急ブレーキで清花達の目の前で急停止した金太郎はにかりと笑い、その彼に手を引かれていた花菜はといえば目を回して気を失いかけている。が、数分経てば元に戻ることを一同は分かっているので介抱するようなこともなく、彼女の回復を待つ。



「………ハッ! チョンマゲ!

「どういうこっちゃねん」



 我に返った花菜の一言にビシッと思わず一氏のツッコミが入る。



「くぉおらぁああ遠山ぁ!! お前は人を何遍殺したら気が済むんやアホンダラァアア!!」

「ごめんなぁ岸本のオッチャン。けどオッチャン毎回ちゃんと生きとるやんかー」

「そういう問題ちゃうわボケェ! あとオッチャンやなくて先生や!! ちゅうか藤原いまチョンマゲ言うたやろ!! しばくどコラァ!!!」



 遠くで怒声を響かせる岸本に、清花達は一度視線を交わすとくるりと踵を向けて歩き出す。



「……ほっといていこか」

「せやね」

『部活に遅れますしね』

「人の話無視すんなや! テニス部ええ度胸やないか…喧嘩なら買ったるでぇ!!」



 いまだぎゃんぎゃん吠え続けている岸本に清花は一度振り返ると、呆れた眼差しを向けて声を張り上げて言った。



『岸本先生ー、それ以上騒ぐんだったら南さんに言いつけますからねー』



 瞬間、ピシッと固まった岸本を一瞥した財前がせせら笑ってまた背を向けた。



「ちょっ、おま、はっ…? ちょお三輪待ちぃ! お前、なんで南のこと知っとんねん!! おい無視、こら待ちぃや三輪ー!!!」



■  □  ■




「えらいおっきな笹やなぁ〜!」



 金太郎の感嘆の声に、皆もまた賛同するように頷いて見せる。部室前に立てかけられた笹は飾りつけられ、存在感を示し風流を出していた。清花と花菜はやった、と大成功というようにハイタッチして、それぞれに短冊を配っていく。勿論レギュラー含むテニス部全員に書いてもらうつもりだ。



「機嫌がええな思うとったらこういうことやったんか……」



 部室に入ってみな短冊に向き合っているなか、テーブルに頬杖をついて清花に視線を向けた財前に彼女は楽しげに笑った。



『ふふ、ちょっとは驚いた?』

「まあ……ちゅーか、これどうやって運んだん?」

『父さんが昼休みに監督に届けてくれたみたい』

「よっしゃ! 書いたで!!」



 浪速のスピードスターが一番乗りや!と意気揚々と部室を飛び出していく謙也のあとに「ワイもできた!」と金太郎が続く。次々と願いごとを書き上げたメンバーが部室を出ていき、最後まで願いごとを悩んでいた花菜(昨日あれだけ候補をあげといてまだ悩んでいた)が書き終え、清花は彼女と一緒に部室を出た。
 既にレギュラー達の短冊は様々な位置に飾られており、花菜は自身の短冊を飾りながら「どれどれ〜」とみんなの短冊に目を通していく。




≪スピードスターからシューティングスターになる 忍足謙也≫




ぶっふぉ!!

「花菜なに急に噴き出してんねん!」

「いや、だって謙也先輩、なんでいきなり流れ星なんですか」

「俺ん中でのスピードトップが流れ星やからや」

「つまり宇宙の塵屑になりたいんすね」



 財前の一言に謙也は撃沈したのは言うまでもない。




≪日本一のテニスプレーヤーんなる!
んでもってたこ焼き食べ放題の世界にかわりますように! 遠山金太郎≫




「金ちゃん…金ちゃんなら絶対なれるって、うち信じてる!」

「ワイ、絶対なってみせるからな!」

「たこ焼き食べ放題の世界は難しいとちゃうか…」



 白石の小さな呟きに小石川がまあまあと笑った。




≪小春とダブルで優勝 小春とS-1GP二年連続制覇 小春と…以下略 一氏ユウジ≫




『………幸せな夢ですねー』

「清花、お前夢にすんなやこれは現実にするんや。なっ、小春?」

一氏キモイ



 続いて一氏が撃沈。




≪一氏はんの煩悩をワシの波動球で消し去りたい 石田銀≫




「なぁなぁボンノウてなんー?」

「これこの前財前と打ち消してなかったと?」

「一氏はんの心の穢れはあれしきでは打ち消せなかったようや……」

「うちの部で殺人事件か」



 その日も近いかもしれない。




≪トトロに会いたい 千歳千里≫




「………先輩!!」

「ん? どぎゃんしたと?」

「あたしも…あたしも一緒に探しますね!!」

「!…花菜!!」

「先輩!!」

「シシ神に出会わんように気ぃつけやー」

「「!?」」




存在感 小石川健二郎≫




「…小石川、お前の影の努力や苦労を俺はちゃんとわかっとる」

「白石……」

「せやから、影として四天を日本一に『部長、まだ駄目ですまだ絡んじゃ駄目ですそれ高校編です』」




≪素敵な恋に巡りあいたい★ 金色小春≫




ゴフッ…

「ユウジ先輩吐血しましたけど、救急車呼んだ方ええんとちゃいます?」

「放っとき。どうせ小春に介抱されてええように扱われるだけや」

「辛辣ですね…」




≪邪魔者がいない環境 財前光≫




『財前君……邪魔者って…』

「目障り耳障りなのは抹消した方がええやろ」

「……第一殺人鬼が決定しましたね」




≪毒草聖書がドラマ化して主役もこなす、これぞまさしく完璧人間 白石蔵ノ介≫




『最近人気出てきたからって、いきなりドラマ化にまで発展しますか…』

「あ、監督業も兼任するで!」

「どうぞご勝手に」

「財前冷たいなぁ」




≪“Lechenaultia”のライブチケットが当選しますよーにっ! 藤原花菜≫




「…レシュのライブて、また競争率激しいな」

「そうなんですよぉ〜! 大阪公演絶対行きたい…!!」

『じゃあ最前列のチケット用意してもらおっか』

「「え?」」





 それにしても皆まともな内容一つ書いてないな、と渡邊はテニスコートで練習に打ち込む彼らへ苦笑をこぼした。コート内へと移動された笹にはレギュラーのあとから部員達の短冊が飾られ、ネタともとれる内容だったり切実な願いだったりはたまた仰天するような内容だったりと様々だ。かくいう自身も≪趣味で一攫千金≫と記入した身である。
 その中で渡邊は、手の届く位置につけられた一つの短冊が目に留まる。それにふと目を細めて柔和な笑みを浮かべると、コートの隅で部員達同様に声出しをしている彼女へと視線をとめた。




≪このままみんなが変わらず笑っていられますように 三輪清花≫




[ Postscript! ]
七夕のお話でした。
ちらりと出てきた岸本はスラダンの岸本であり、土屋もまたスラダンの彼です。
二人共四天宝寺で教師やってたらいいなーという勝手なる妄想の産物です。
岸本は名前で女子生徒にからかわれていればいい。土屋は美貌で人気。
最後はずらーっと詰め込んだのですが、少し物足りなさを感じながらも満足してます。
次の機会があったら、誠凛編とか、他校編とか書きたいなと思ってます。

2015/07/07


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