――とある日の放課後。



「え? 清花先輩休みだったんですか?」

「みたいや。具合悪いんか思うてメールしたんやけど、返事こないねん」



 部活開始とともに財前に声をかけられた花菜は「どおりで…、」と呟いて、持っていたボールカゴを地面に置いた。
 財前の話によると、朝練のない日は彼はいつもより遅めに登校するとのことで、ただ朝練に関わらず、ほぼ毎日彼より先に学校にきているのが清花だという。その清花の姿がないことを不審に思った財前は、SHRが始まる前になっても登校しない彼女を心配して連絡した。その後も何度か連絡を試みたがどれもまだ返信が来ないので、相当具合が悪くて寝込んでいるのだろうかと思案した。

 だが昨日の部活終了後、体調不良の片鱗も感じられなかった清花が急に体調を崩すのだろうか。もしかしたら自分に連絡が来ていないだけで、イトコで後輩マネージャーでもある花菜にならなにか連絡が来ているのではと思って訊ねた。しかし、花菜は清花が欠席していることさえ知らずにいた。



「あたし、返す本があって連絡したんですけど、返信まだ来てないんですよー」

「…それ、いつの話や」

「今朝ですよ? 寝込んじゃっているんですかねぇ…」



 心配です…と不安げに呟いた花菜に、財前も同意を示すように顔を顰めてガットを指で弾く。花菜ははあ、とひとつ溜息をついて自身の足先へと視線を落とす。



「けど先輩。昨日までぴんぴんしてましたよね? しかも一晩で風邪って、よっぽどじゃない限りありえない思うんですけど」

小石川先輩いま絶賛風邪で寝込んどるけどな。けどあいつそこまで身体弱ないやろ。せやから、なんか妙に引っ掛かりを覚えんねん。それにいままでは連絡は必ずいれてきた。返信ないんもおかしい…」

「確かに…。清花せんぱい、こまめに返す人ですよね」



 探ろうとすればするほど謎と不安が二人の胸中を覆い尽くしていく。
 すると、ぽつ。と花菜の頬に何かがあたる。そしてぽつぽつと雨が降り出しはじめ、花菜は慌ててテニスボールの入ったカゴを手にした。財前はそれを一瞥して「天気雨、か…」と空を見上げるが、次第に雲行きが怪しくなってきたところで、遠くから部長である白石の声が届いた。



「この様子やと暫く雨や。今日は着替えて視聴覚室でお笑い講座に変更するで」



 部長命令に返事をして、部員達はぞろぞろと部室へと向かっていく。
 今年に入って部員数が急激に増加したために、物置となっていた倉庫は新しい部室としてレギュラー以外の部員の部室として使用している。ちなみにマネージャーはレギュラー達と同じ部室なので、花菜は彼らと共にそちらに向かう。先に花菜が着替えを済ませて外で待機、次にレギュラー達が中で着替えを済ませると彼女を中に呼ぶ。

 中へと入った花菜は財前が携帯を耳にあてているのを見て、直感で清花に電話をかけていることに気づく。だが一分ほど経った頃、彼は眉を顰めてスマホを耳から離したことに花菜は落胆する。



「先輩、どうでした?」

「あかん。出る気配なしや」



 そういい舌打ちをした財前に、花菜も不安を隠せずに溜息をつく。



「しっかし突然雨降ってくるとか最悪やな! あーもう、じれったい」

「天気にあたったところでなんも解決しないで」

「銀の言う通りやで、謙也。それに講座も立派な部活や、なあ小春」

「せやで! 次のナンバーワン目指して日々修行を積んで、」

「無駄話していると、白石に叱られるとよ?」



 苦笑する千歳は静かに佇む白石を背に感じながら、一同を校舎へ移動するように促した。少なからず室温が数度下がったことに気づいた一同は、そそくさと部室から2号館へと足を運ぶ。

 ――だから、誰も気づかない。最後尾にいた一氏が校舎内に足を踏み入れた瞬間、



キーンコーンカーンコーン




「おかしいわねぇ…この時間帯にチャイムは鳴らんはずやで」

「誰か間違うて鳴らしたんか?」

「んなわけないやろ」



…トコトコトコトコ……




「…みんな、なんか、変な音が聞こえんね?」



 ふいに何かを聞きとった千歳は、何気なしに尋ねるが皆不思議そうな顔をする。



「音なんて聞こえたか?」

「いや、全然。空耳なんとちゃうかー?」

「…いいや、空耳とちゃいますよ」



 否定を口にした財前の顔色は真っ青で、それに全員が呆気にとられる。財前はごくりと生唾を飲み込むと絞り出すように言葉を口にした。



「よぉく、耳を澄ましてください」



トコトコトコトコトコ…




 不審に思うほどに速い、駆けているようにも思える足音に一同は息を呑む。しかも静かな廊下に響き渡るそれが、段々とこちらへと近づいてきているのだ。恐怖で顔色を失くす一同だが、なんとか明るく振舞おうと白石がぎこちない笑みを浮かべる。



「な、なんや。誰かの足音やろ? 不審に思うことないで」

「せせせせやな!」

「謙也、どもりすぎばい…」

…あかん

「皆さん、逃げますよ!」

「えっ……」



 財前の呟きに花菜が大声を出して真っ先にと廊下を駆けていく。ぽかん、とする一同に足音がどんどん近づいてきていた。財前が焦りきった様子で「なに突っ立っとるんですか!」とその背中を押して無理矢理走り出させる。
 ワケがわからないまま走り出す一同は、理解できない恐怖をその身に感じながらも花菜に追いついて先の見えない廊下を走り続ける。



「ちょっ、廊下って、こんなに長かったか?」

「んなワケあるかっ!」

「てか花菜の体力が底尽きそうやで!!」



 金太郎がゼーハー言っている花菜の隣で心配そうに声を上げる。毎日走り込みをしている彼らと、女子でマネージャーである花菜の体力差は大きい。なんとかしなければ、と思うが続けて金太郎が言う。



「なんか足音もっと速くなっとるでぇ!!」

「っ!」



トコトコトコトコトコトコトコ




「クソッ、浪速のスピードスターの方が上やっちゅー話や!」

「いま張り合うとる場合か!」



 思わずツッコミを入れてしまう一氏だが、はっとして全員に届くように声を張る。「ちょお、そこの教室に入り込むで!」
 その言葉に従い、全員が飛び入るように教室へと入り、最後尾にいた白石が急いで教室の扉を閉めると、乱れた息を整えながら身を屈めて外の様子を伺う。息を潜める一同は近づきつつある足音と比例して心拍数が早くなっていく。そして足音は彼らに気づくことなく教室の前を通り過ぎて、やがて聞こえなくなってしまった。一同はそれに安堵の息をつく。



「い、いったい何やねんっ。ただの生徒やろ、きっと」

「……せ、せんぱい」



 花菜の震えた声に、一同は一斉に彼女を見る。花菜は視線を一点に置いたまま、顔を真っ青にして静かに時計を指さした。



「と、時計が……4時44分で止まっているんです…!

「「「っ!!?」」」

「そ、それに…外も真っ暗…!?」



 花菜が今度こそ言葉を失い、後ろに倒れそうになるのを慌てて白石が支えた。外になにかあるのかと白石が窓へと視線を移せば全員が絶句する。
 先程曇天に変わったばかりの空は夜よりも濃い闇に覆われており、校庭には先ほどまで活動していた生徒達の姿はなく、代わりに埋め尽くすような墓石と板塔婆がずらりと並んでいた。



「なん、なん……嘘、やろ…?」



 誰の声かも分からない現実逃避の言葉に、支えられていた花菜が本当に小さく呟いた。



「……助けて、清花先輩」



 その言葉は、激しく鼓動を打つ彼らの心の中へと落ちていった。



ようこそ、いらっしゃいました

第二章 四天宝寺の怪談




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