▼ 春の悪戯 (1/6)
きっと何年経っても忘れない。
ふとした拍子に思い出す、
あの春の日のこと――
アカデミーから近い公園の、桜の木の上。
その記憶は、いつもここから始まる。
私は一人、木の上に立っていて、がっしりと木の幹にすがりついている。
回した腕には力が入りすぎて、もう感覚がなくなりそうになるくらい長い時間、そうやって固まっていた。
いのはその下、木の根本から、足がすくんで動けない私に必死に呼びかけている。
「大丈夫だよサクラ、全然高い木じゃないから」
いのがそう言う度に、いのちゃんがそう言うなら出来るかもしれないという勇気と、でもやっぱり私に出来っこないという不安が渦巻いた。
そして意を決して踏み出そうとする足は、やはりどうしても言うことを聞いてくれない。
私はどうせきれいに着地出来ないから。
落ちたら絶対ケガをするから。
それは嫌だから。
動けない理由ならいくらでも思い浮かぶのに、でもそれならなんで、おりれもしない木にのぼったりしたんだろう……
ちょっと前の自分の浅はかな行動を悔いては、目を逸らしたい現状に嫌でも意識がいってしまって。
必死に目をつむれば、いのの声がやたら耳に響いた。
しまいには応援してくれているはずのその声まで私を責め立てるように感じる始末。
何がなんやら頭が混乱し泣き出すことすら満足に出来なかった。
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